安倍総理が演説中に銃で撃たれた
知っている人の
生きている時を知っている人の心臓マッサージなんて
見たくない(Twitterさん削除して)
昔は自分もさんざん心臓マッサージしてきたくせに
なんでそんなこと思うんだろう
この10年で何が変わったのかな
あの頃は必死だった
自分の心や気持ちを押し殺すのが
当たり前の日常だった
そうでないと生きていけない世界だった
自分もその世界に憧れていたしなりたいと思っていた人もいた
救命のやりがいと
その危うさは紙一重で
精神的に もたなかった
人の命が消える瞬間を何千人と見た
それは本人が知らぬ間に奪われてしまうものも
もうその時が来たから、と消えていくものも
多くは前者だった
大量に出血している
全身の皮膚が焼け爛れている
重要な骨が折れている
頭が陥没している
それでも「心臓」が動いていていれば
処置(治療)する
それが正しいことなのか
誰の意思なのか
何が正しいのかまったくわからなくなった時
わずかに残っていた火を
自ら消すことにした
何も考えないようにした
ただ最善の治療を尽くす毎日
最善、最善、最善、最善、最善
そんなものどこにあるのか
命を絶とうという人の
ぐちゃぐちゃの体に無理やり管やら血液やらを押し込み
大量の薬を打って生きながらえさせることに
仕事をするのは毎日ギリギリだった
職場に行くものノリノリの音楽をかけて
なんとか振り絞って向かった
比較的若手の私は
重症患者の場合、上司の上司がサポートしてくれた
繰り返し行われた日常
死にかけた患者にメスを入れ
管を入れろと上司に言われる
「技術が向上するから」と
私はそれに従った
従ってしまった
医者が治療をしなければそこで患者は死ぬ
だけれどもその医者は意思を持っていなかった
死というものの重みもわかってなかった
自己満足の塊だった
成長と
プライドと
生活費のために
医療用のゴム手袋はとても薄い
骨や皮膚、血管の感触も温度も
10年経とうと消せることはなかった
自分は死んでいく患者に
何もできなかった
むしろ体を傷つけ
意味がないかもしれない延命のための処置を
上司に言われるがままに行った
それがどういうことなのか
大学を卒業して3年
27歳の世間知らずな女医には
計り知れなかった
ERで行われることは
生き続ければ善
死ねば悪なのだろうか
そんな疑問が頭をぼんやりともたげていたが
口に出すことができるようになったのは
もう10年以上経ってからだった