退職する日、私は心の中で小さくガッツポーズをしていた。


これでようやく、ゆっくりできる。


好きなことをして、誰にも急かされない時間を過ごそう。


そんな期待感で胸がふくらんでいた。

 
 
 

ところが、自由になったはずの時間は、思っていたほど甘くはなかった。

 


朝は変わらずやって来るのに、予定は何もない。

 


一日が長く、静かすぎた。

 

 

日が経つにつれ、理由の分からない不安が顔を出す。

 


落ち着かず、胸の奥がざわつく。

 


ウツとまでは言えないけれど、確かに沈む時間があった。

 

 

 

私はそのたびに体を動かした。

 


掃除をしたり、外に出たり、深呼吸をしたり。

 


「考えないようにする」ことが、私なりの処方箋だった。

 

 

 

そんなある日、気分転換のつもりで無印良品に立ち寄った。

特に買うものもなく、ただ店内を歩いていた時、文房具売り場で足が止まった。

 

 

スケジュール帳が、ずらりと並んでいた。

 


勤めていた頃は毎年欠かさず買っていたものだ。

 


今さら必要ない。

 


そう思いながらも、なぜか棚の前から動けなかった。

 

 

「一日の出来事を書くだけでも、いいかもしれない」

 

 

そんな声が、心のどこかから聞こえた。

 


私は一冊を手に取り、レジへ向かった。

 

 

 

 

翌朝

朝食のあと、コーヒーを淹れ、スケジュール帳を開いた。

 

 


今日やることを書き出してみる。

洗濯、買い物、少し歩く。

 

 


それだけで、ページは意外と埋まった。

 

 

終わったものにマーカーで印をつける。

 


小さな「クリア」の印。

それが妙に嬉しかった。

 

 

それを毎日繰り返すうちに、気づいたことがある。

 


ページを数日戻すと、そこには私の足跡があった。

 


確かに、私は毎日何かをして生きている。

 

 

ウォーキングに印をつけ、

 


趣味の時間にも印をつける。

 


出来なかった日は、翌日にそっと持ち越す。

 

 

無理はしない。

でも、やめない。

 

 

いつの間にか、胸のざわつきは静かになっていた。

 


「ただ何となく過ぎていく毎日」という感覚は消えていた。

 

 

私は今日も、コーヒーを飲みながら手帳を開く。

 


この一冊は、

 

 


私の時間を、私自身のものだと教えてくれる。

 

 

もう、手放すわけにはいかない。

 


これは、私のモチベーションを守る

 


最強の味方なのだから。

 

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