故伊藤直榮先生の呼吸介助技術を伝えるようになって、25年以上経った。
当初は自分の持っている技術を教えようと考えていたけれども、最近少しずつ考え方が変わってきているように感じる。

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「私の中にあるものを教えるのではなく、私は仲介者にすぎないのではないだろうか」
“技術を与える”のではなく、呼吸介助の技術が出来るという身体感覚にアクセスできるように、受講生の方々と一緒に試行錯誤している感じが気持ちに合っているように思える。

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このようにすれば出来るという感覚を、どのようにすればご自身の体感として感じてもらえるのか、一緒に悩んでいる感じ。連続で繰り返して技術を練習していただくことも一つの方法かもしれないし、何かのきっかけで「ああそうかっ!」と突然悟ることもあるかもしれない。人それぞれに、感覚のつかみかたは異なるので、伝えている私自身がいつも技術を学ぼうとしている方々に教わっているように思える。

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“伝える”ことは“与える”ことではなくて、“私自身が学ぶこと”なんだな~と少し思えるようになってきた。
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今日は卯の花の茶箱のお稽古でした。今日の機会を逃せば、季節もののお稽古は来年まで受けれません。まさにこの機会!と思うと、頑張ろ~って思います。季節もののお稽古が受けられるようになれるようになったのは、少しは進歩できたのかな?ってちょっと嬉しくもあります。相変わらず全然憶えられる気がしませんが・・

$つTOMのブログ-茶巾1
先ずは茶巾のたたみ方から異なります。このたたみ方が上級のお手前に続いていくとのこと、丁寧にお稽古するようにとのご指導でした。

$つTOMのブログ-茶巾2


$つTOMのブログ-茶巾3

茶箱への仕込みです。棗は平棗、扱いがかわります。
$つTOMのブログ-茶箱仕込み1
茶筅は筒の中に、袱紗も箱の中に仕込まれます。


$つTOMのブログ-茶箱仕込み2

$つTOMのブログ-茶箱
仕込み完了!

柄杓の扱いが無い分、少しは気が楽!

 茶箱を持って外でお茶を点てれば、気持ちも違うかも~。早くそうなれるように、頑張りたいですね。お茶はとてつもなく奥深いですが、そこが楽しい。

おまけで、京都祇園祭のお菓子を見せていただきました。

$つTOMのブログ-おまけ;菓子(祇園祭り)
こんなん、食べられへんですね~。
昔の写真が出てきましたチョキ。ほとんど憶えていない叫び。家の庭にあったブランコは記憶の断片でかすかに憶えている。記憶の断片から幾つかのシーンが頭の中で再現される。兄貴と遊んだことにひひ、母にしかられたことしょぼん、砂でつくったケーキケーキが本当に思えて、かぶりついてびっくりしたことドクロetc・・。絵や写真、母親の言葉などをきっかけにして、当時のシーンが蘇ることがあるひらめき電球。全部はっきりと思い出せるわけではないが、そのシーンはかなり明確に浮かび上がってくる目。自分の中のどこかに眠っている記憶得意げ
$つTOMのブログ-えがお

中学校の同窓会がきっかけで記憶のカケラを集めている感じがする。前しか見ずに必死に走ってきた走る人私が、最近過去を振り返るようになってきた。私はおおくの素敵な人達合格に囲まれてきたことに気づく。自分の過去は私のバックボーン。後ろにも注意を向けながら前に進むのは、安定感と充実感が違うようにも思えるグッド!
$つTOMのブログ-おにんぎょう

50歳を越えた今、もう生き急ぐ必要はないのかもしれないドキドキ

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