5月某土曜日午後七時。

和也、水原、八重森は、水原家で食卓を囲んでいた。和也の引越しが迫り、食事時に、三人が揃う最後の夜ということで、八重森が呼びかけたのだった。

「水原さん、師匠、A5ランクの和牛を、格安で手にいれたっす~。焼肉しましょ~。新たなる旅立ちを祝って、このお肉でお祝いするっす~」

「ありがと!みにちゃん。よーし、いっただきまーす!」

和也が肉をめがけて、箸を振りかぶる。

「さ、水原さんも遠慮なく、どうぞ」

「ごめんなさい、私、今、次の舞台に向けて、体絞ってるの。お肉は遠慮させてもらうわね。ごめんね、みにちゃん」

「あ~、残念っす。でも、さすがっす。目標も持たず、ダラダラと日々を過ごす、どっかの誰かさんとは、大違いっすね、師匠!!」

「あ?」

高級肉を口いっぱいに頬張った和也が、二人の方を見る。

「もう、なんて顔してんのよ」「師匠、その顔、サイコーっす!」

同居生活の転機はどこ吹く風、三人は幸せいっぱい、笑いいっぱいで、今夜も更けていくのだった。

 

深夜2時。

ギュルルルル……。

和也は、猛烈な腹の痛みで目を覚ました。

「ト、トイレ…」

腹を押さえながら、トイレに向かうと、ちょうどトイレから八重森が出てきた。

「あ、師匠も、トイレっすか。お腹壊しちゃったみたいで…。あのお肉が原因かもです。知り合いから格安で譲ってもらったやつなんで、ひょっとしたら、賞味期限がダメだったのかもしれないっす。ハハハハハ」

八重森は、力なく、苦しそうに、部屋に戻っていった。

(ま、まじかよ。みにちゃん。お代はいらないとか言ってたから、怪しーなとは思ってたけど。てか、今トイレから出てきたばっかりで、すぐ入るのは流石にまずいよな。腹痛いけど、もうちょっと、待つか)

和也は、少し我慢した後、無事用をたし、再び眠りについた。

 

※※※

 

翌日曜日。

「あなた、まだなの?もう出発する時間よ」

水原が、トイレのドアをノックしながら、和也に呼びかける。

初夏によく似合う白のワンピースに、胸元にキラリと大きめのラピスラズリのネックレス。可愛らしさと綺麗さが同居した、美少女から大人になっていく途中の水原によく似合うコーディネート。初対面の相手にも強すぎず、それでいてしっかり印象を残せるファッション。

とはいえ、今の和也にそれが観察できる余裕もなく。

「ごめん、腹が…」

「水原さん、師匠は悪くないっす。私が用意したお肉がよくなかったんです」

「そうは言っても、今日は大事な予定があるんだから」

「う、うん…」

和也がゲッソリした顔で、トイレから出てきた。

「お、お待たせ、さ、行こうか」

「しっかりしてよね!じゃ、みにちゃん、行ってくるわね」

和也と水原は靴を履き、出かけていく。

「は~い、行ってらっしゃ~い。…おっと、トイレ、おトイレっと」

八重森もお見送りもそこそこに、トイレに駆け込む。

 

※※※

 

今日は、昨年和也がクラウドファンディングで製作した映画「群青の星座」の原作者、糸原りえと会う約束の日だった。「群青の星座」の映画化を機に才能に目をつけた、出版社との打ち合わせのため、糸原が東京に出てくるらしい。そのタイミングで糸原から、和也に連絡が入り、三人で会うことになったのだ。

 

監督の田臥にも声をかけたが、彼も「群青の星座」以降、監督としての評価が上がり、会合の日も撮影で忙しく、あいにく不参加となった。また、あとあとトラブルになるのを避けるため、瑠夏にも事情を話したが、親戚のところに行く予定があり、参加できないとの返事があった。

 

そして、約束の時間5分前、和也と水原は、新宿のカノアール前にいた。

「き、緊張するなぁ。水原から挨拶してくれよ」

「何言ってるの!プロデューサーはあなたなんだから、あなたから、挨拶しなさいよ。」

「わかったよ…」

「映画製作者の顔なんだから、しっかりね!」

和也がぼそぼそと挨拶の練習をする。水原はその様子をため息をつきながら、眺める。

 

すると、向こうから、事前にメールで聞いていた通りの服装の女性が現れた。

黒のニットに、淡い黄色のロングスカート、クリーム色のミュールと、ちらりとのぞく生足。モデルと言われても納得の美貌だった。

和也や水原より、少し歳上だろうか。プロの小説家の誕生を祝福するかのように、初夏の日差しが彼女を照らす。その光がより彼女の美しさを引き立てる。

「す、すいません。糸原りえさんでしょうか?」

「ええ、そうです」

糸原がにこりと笑顔を返す。

「は、はじめまして!プ、プロデューサーの、き、木下和也ですっ。」

「はじめまして、水原千鶴です。」

「はじめまして」

糸原も返す。

「こ、この度はこのような機会をいただけて、誠にありがとうございますっ!」

和也のぎこちなく、オーバーな挨拶が続く。

「楽になさってください、プロデューサーさん。はじめまして、糸原りえです。こちらこそ、お二人にお会いできて、とても嬉しいです。」

「あ、え、あ、や」

「プロデューサー!しっかり!」

水原が和也の背中を強く叩く。

「…っつ!」

「さ、糸原さん、中にどうぞ」

水原の口調は一変優しく、糸原をカノアールの店内に誘う。

 

※※※

 

窓際に水原、その隣に和也、向かい側に糸原が座る。

和也も落ち着きを取り戻し、アイスコーヒー3つを注文した。

「改めまして、私の『群青の星座』を映画にしていただき、ありがとうございます。私が伝えたかったことが、水原さんの表現力でくっきりと表されていて、嬉しかったです。そして何より木下さんに小説を選んでいただけて、本当に嬉しかったです。」

「私も、すごく楽しみながら、共感しながら、演じることができました。あの数日間は本当に幸せでした」

「水原さんのネックレス、群青ですよね?お心遣いが憎いですね」

「ええ。あの作品以来、私も群青の魅力に気づいてしまって、今回も是非と思って、このネックレスをつけてきました」

(う、水原コミュ力やべー。そうか、そのネックレスそんな意味が。俺、何にも考えず、映画の上映会の日の格好そのままで来ちゃったよ。てか、このままじゃ俺いる意味なくね?)

「お待たせいたしました。アイスコーヒー3つです」

盛り上がりかけたガールズトークを、ウェイターが遮る。

「ありがとうございます」

和也がウェイターから、アイスコーヒーを受け取る。

そしてここぞとばかりに和也が話の主導権を取りに行く。

「あのー、おr」

俺と言いかけたところで、眉を歪ませた水原が隣から和也を肘で小突く。

「痛っ」

糸原が笑う。

「お二人、仲が良いんですね」

「え、何をおっしゃるんですか。プロデューサーと、少し親しい出演者くらいです、あはは」

水原がはぐらかす。和也は悶々とする。

(そうだ、結局、ビジネスライクなんだよ、俺たち)

「そうだ。あなた、何か言いたかったんじゃないの?」水原が、和也に話させる。

「そ、そうだった。私も、映画なんて、プロデューサーなんて初めてだったけど、この作品なら、間違いないって思ったんです。糸原さん、ありがとうございます!」

「ほんと、びっくりしましたよ。木下さん、固くならず、『俺』で結構ですからね。ただの趣味の小説を映画にしたいだなんて、メールが届くんですから。ほんとにびっくりました」

「驚かせて、すいません。あの時はもう、必死で」

「映画作りにですか?」

「映画作りもですけど……」

和也が思わず口をついて出そうになる本音を押さえて、水原を見遣る。

その視線に気づいてか、糸原は

「そうですよね!水原さんのような素敵な女優さん、放っておけないですよね。」

と空気を読み過ぎる。

「あはは、そうっすね」

和也も水原も顔を少し赤らめる。

糸原は少し突っ込みすぎたと思ったのか、

「ところで、水原さんは最近も何か作品に出演されていらっしゃるんですか?」

「おかげさまで最近も継続的に色んな舞台に出演させていただいています。昨日もオーディションがあって、結果待ちなんです」

「え?まじ?そんなこと、昨日一言も言ってなかったじゃん。」

「なんで、いっし、…」

(っ!一緒に住んでるとか言うんじゃないぞ、水原!)

「いちいちすべて報告しなきゃいけないのよ」

(ふー。気づいて良かったー)

「いや、だって、いっしy」

(って、俺も自爆しそうになったー)

和也が言葉の続きを考えていると、糸原が繋げる。

「お二人は、普通のプロデューサーと女優の関係を超えた関係でいらっしゃるんですね」

「「えっ!?」」

「あ、気を悪くされたなら、ごめんなさい。率直にお二人のような、関係が羨ましいなって、思っただけなんです」

「羨ましいだなんて、そんな。この人なんて、映画も演劇も知らないのに、感情のままにクラウドファンディングやるって言い出すし、かと思えば緻密な計画があるわけじゃなく、知り合いの女のコのアドバイスに従ったから何とかうまくいったようなもんだし、撮影中もセミがうるさくて撮影できないってときに、無理して追い払おうとして橋の上から川に落ちちゃうし、ほんと、向こう見ずでどうしようもない人なんですよ」

水原は、映画撮影に関する和也への愚痴を、目を細め、口を明るく歪ませて、まくし立てた。

「あらあら、それは大変でしたね。水原さん。」

微笑ましく聞いていた、糸原が水原に同情する。

 

※※※

 

そのとき、水原の携帯電話が鳴った。

「あ、ごめんなさい。ちょっと電話出てきますね」

水原は携帯電話を片手に、外に出て行った。

「木下さん、水原さんはあんな風におっしゃってましたけど、木下さんは水原さんのことをどう思っていらっしゃるんですか?」

「水原が言うことはもっともだと思ってます。俺、水原と違って、計画性もないし、これといった夢もないし。水原は女優になるって夢があって、そのためにいろんなことかなぐり捨てられるって気持ちも持ってる。俺なんかにはとても真似できない、強い存在なんです。」

糸原が、和也の話を促すように、相槌をうつ。笑って誤魔化せない雰囲気になっていく。

「でも、たまにちょっと泣くんですよね。本当に悲しいとき。だから俺でよければ、俺なんかでよければ、ちょっとでも近くにいてあげたいって思ってしまうんです。俺たちがどんな関係になろうとも」

「素晴らしいですね」

糸原が虚空を眺める。

「でも、最近不安もあるんですよね。舞台も立て続けに出るようになって、昨日だって俺が知らないうちにオーディション受けてるし、しかも主役。この前水原の舞台をみて、やっぱり水原は俺なんかとは別の世界の人なんだって再認識させられたし、これからどんどん遠くなっちゃうのかなって思うと、辛いなぁって」

「んー、どうなんですかね」

「え?」

「本当に木下さんに対して愚痴があるんだったら、今日一緒に来てくれたでしょうか。確かにビジネス的な立ち居振る舞いは、水原さんはしっかりされていますが、本当に木下さんと一緒にいたくないなら、私が納得する言い訳をすると思いますけどね」

「なるほど…」

「だから、自信を持ってください!女性はずっと寄り添ってくれる男性に弱いものですよ。プロデューサーと女優の恋、ドラマティックでいいじゃないですか。成就したら、私に小説にさせてくださいね」

糸原が少し茶化して、和也を応援する。

「あ、ありがとうございます。もっと頑張ってみます」

 

※※※

 

そこへ、水原が満面の笑みで席に戻って来た。

「ねえ、聞いて!次の舞台主役に選ばれたわ!」

「まじ!?やったな。水原!やっぱ水原はすげーよ。絶対見に行くから」

「おめでとうございます、水原さん、木下さん」

「糸原さん、ありがとうございます」

水原が席に着き、三人は再び話を始めた。

映画の撮影裏話や、糸原の今後の作家としての活動の話など、三人は多いに会話を楽しんだ。

 

「最後の高原の夜景、本当にキレイで、忘れられないですよ」

「いいですね、私も是非、そのロケ地行って見たいですね」

ギュルル。お開きが近づく頃、和也の腹が鳴る。

「すいません、ちょっと、トイレ」

和也は慌てて、トイレに駆け込んだ。

 

※※※

 

「もう、ほんとすいません。昨日食べたご飯が当たっちゃったみたいで。あ、私は食事制限でたまたま食べなかったから平気なんですけど」

「え?ご一緒にお住まいなんですか」

「あ、いや、そうじゃなくて、たまたま知り合いも交えてみんなで食事したんです」

水原がうっかり口を滑らせかける。

「あら、そうでしたの。でも、お二人の様子なら、ご一緒に住まわれていてもなんら不思議じゃない空気感ですよね」

作家は、観察眼に長けているらしい。

「まぁ、ビジネスパートナーとして、気心が知れていて、助かるというのはありますけど」

「水原さん、私とあなたの間に共通の知り合いはいないわけですから、遠慮なさらず、おっしゃってもいいんですよ」

この作家、好奇心も旺盛である。

水原はトイレの方を見遣る。和也が戻って来る気配はない。朝もトイレに15分は篭っていた。

「…わからないんです。彼が、彼との関係が。映画作りの時は、すごく頼りになったし、行動力にも感謝してます。応援してくれてありがたいという気持ちもあります。でもそれが「好き」なのか、なんなのか」

「そうですか。それでいいと思いますよ。私も経験あるんです。無条件に応援してくれる人」

糸原は、わずかに残るアイスコーヒーを一気に流し込み、続けた。

「でも、私は彼に応えられなかった。小説を書いても書いても芽が出なかった私を、そばでずっと応援してくれていた人。どんな話も『面白い、面白い、りえの物語は最高だ』って、ずっと感想を語ってくれた人。好きなのか、安心なのか、甘えなのか、なんなのかわからなかった。最後まで私のそばにいてくれたのに」

「最後まで?」

「事故で亡くなってしまいました」

「!!」

「私が彼に応えていたとしても、事実は変わらなかったかもしれない。確かに私たちはずっと近くにいたけれど、私が応えていたら、私たちは本当の意味で最後まで一緒にいられたかもしれない。あの時以来、その気持ちが消えませんでした」

「…」

「そんなとき、木下さんからメールをいただきました。びっくりしました。あの時の彼の言葉が蘇ってきたんです。『りえの物語は最高だ』って」

「そうだったんですね」

「木下さんからのメールには『群青の星座』の感想が、びっしりと書かれていました。とても情熱的で、彼がいなくなってぽっかり空いた私の心に深く突き刺さりました。私はずっと、私の気持ちを探し続けていました。好きなのか、安心なのか、甘えなのか。でも木下さんのメールで気づいたんです。私はあの人からもらいっぱなしだったなって。いろんな思いを。私は何もあの人に返せていなかったなって。だからあの人に返すことはもうできないけれど、せめて今メールをくれた木下さんには返そうって思いました。そしてもしあの時の私に伝えられるとしたら、自分の気持ちも大事だけど、彼の気持ちも考えてあげてほしいって、そう伝えたいって思うようになりました」

水原は、和也との日々を振り返る。

「あ、ごめんなさい。つい、話しすぎてしまいましたね。今のお二人が昔の私たちに似ているような気がして。なんにせよ、木下さんからメールをいただいて、私の作家としての人生はまた始まったんです。ほんと、お二人には感謝しているんですよ」

「あ、ありがとうございます。私も、自分のことでいっぱいいっぱいだったのかもしれません。あの人のことももう少し考えてみようと思います!ほんとどうしようもない人だけど」

「それに、木下さんからのメール、作品の感想もいっぱいでしたけど、水原さんへの想いもたっくさん書かれていましたよ」

「な!」

水原が顔を真っ赤にして、わずかに残る冷水を飲み干す。

 

※※※

 

そのとき、何も知らない和也がトイレからゲッソリした顔つきで、帰ってきた。

「お待たせしました~。あ~、しんど」

さっきの話はナイショねと、言わんばかりに糸原が水原にアイコンタクトを送り、水原も応じる。

「糸原さん、そろそろ電車の時間ですよね」

「そうですね、ありがとうございます」

「ごめんなさい。お手洗い、失礼します。あなた、お会計お願いできる?後で返すから」

「うん、いいよ」

水原はお手洗いへ駆けて行った。

和也と糸原は会計を済まし、店の外で水原を待つことにした。

 

※※※

 

「木下さん、群青の色言葉、ご存知ですか?」

「さぁ」

「思慮深さ、規律です。いっぱい考えて、規律を大事にするってことです。強そうですよね」

「そっすね」

和也には今ひとつ話の方向性が見えない。

「でもそんな強いものを壊せるものって何だと思いますか?」

「うーん、なんなんですかねぇ」

「情熱です、想いです。思慮も、規律も吹き飛ばすくらいの情熱が、現実を変えるんじゃないかなって、私は思いますよ」

「な、なるほど」

「群青色の彼女、活かすも殺すもあなた次第ですよ」

カランカランと、ドアのベルが鳴るとともに、水原が店内から出て来た。

「木下さん、水原さん、今日は本当にありがとうございました。またお会いできたら嬉しいです。次も私の作品を映画にしていただこうかしら、なんて」

と同時に、和也が止めたタクシーに、糸原が乗り込む。

「それでは、失礼します。これからもよろしくお願いいたします」

「「ありがとうございました」」

糸原は、颯爽と新宿を後にした。

 

※※※

 

「糸原さん、いい人だったな」

「そうね、優しくて、強い人だった」

「水原、次の舞台も頑張れよ!って、言わなくても頑張ると思うけど。俺、水原の演技してる姿、やっぱ一番好きだ。それから今日の服装もめっちゃ可愛い。そのネックレスもすげー似合ってる。」

群青色のネックレスが、光を反射し、二人を照らす。

「あ、ありがと。何よ急に。私も、ちゃんと考えるから、もう少し待っててよね。さっきはちょっとひどいこと言いすぎてごめん」

水原が恥ずかしそうに、気まずそうに俯く。

「お、おう。大丈夫。」

「それとね、…引っ越しても、」

ギュルル。和也の顔が歪む。水原は気づいていない。

「遠慮なくうちに来ていいからね。何なら引越しも…」

ギュルルルルル。

「もう無理!!」

和也の声に驚き、水原が顔を上げる。

「う、腹痛い。ごめん、店のトイレ借りてくる〜〜」

「もうっっ!!ほんと、どうしようもない人ね!」

 

 

 

~~八重森みにの場合~~

 

「師匠!12月23日の夜空いてるっすか?」

八重森が和也に、水原が、レッスンでいないタイミングを見計らってか、話しかける。

「な、何?」

「言いづらいんすけど、師匠にしか頼めないかなぁって思って」

「何を?」

「23日、一緒に来てほしいところがあるっす」

「水原じゃ、ダメなの?」

これまで八重森と水原が二人で出かけることは度々あったが、和也に声がかかることなど、ほとんどなかった。

(怪しい…)

「水原さんは舞台があるッス。師匠も、水原さんといるばっかりじゃ、マンネリになっちゃうだろうし、新しい刺激が必要っス」

「わかったよ。23日はバイトも休みもらえたし、いいよ」

和也は不安が残るものの、八重森の誘いに応じた。

「じゃあ、18時に○○駅の××番出口に集合っス」

 

12月23日、当日。

(集合場所はここだなぁ。って、え?ラブホ街何ですけど!?え?あってる、俺?)

携帯のメモと、地図を何度も見比べる。

(合ってる。間違いなくここだ。新しい刺激って?え?まさか、みにちゃん?

『師匠、いつまでダラダラやってるんすか?私で練習してみるっス』

え?いや、いくらなんでも、それは早くない?)

「あー!お待たせっす!」

「お、おう」

和也は努めて冷静に振る舞う。

ドギマギする和也をよそに、八重森はラブホ街をずんずん歩いていく。

(みにちゃん、こういうとこ慣れてるの?え?現代っ子って、そういうもの?)

 

和也の妄想が限界に達した時、

「さあ、入るっす」

(よし!みにちゃんの行為を無駄にはできない!男和也、しっかりリードするぞ!

……いや、なに言ってんだ、俺。みにちゃんは可愛い後輩で、同居人。俺には水原がいるんだぞ!しっかりしろ、和也!)

「師匠?何言ってるんすか?ライブ始まるっすよ?」

「へっ!?」

今年一番情けない声だった。

和也はライブハウスの入り口の前に立っていた。

「推しのライブっす。知り合いが参加できなくなったんで、急遽暇そうな師匠に頼んでみたんです。来てくれてよかったです。楽しみましょーね!」

満面の笑顔だった。

 

 

 

この後、めちゃくちゃミックスした。

「タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ダイバー!ジャージャー!」

 

 

~~桜沢墨の場合~~

 

12月24日、10時。

「和也くん、……おはよ」

和也は、昼からバイトが入っていたが、墨がどうしても会いたいと連絡をしたため、バイト前に、二人は喫茶店でお茶をすることにした。

「おはよ!」

(イブの朝から、墨ちゃんに会えるなんて、ついてる!今日も可愛い!1時間しか会えないのがもったいない!いや、でもレンタルしたらもっとかかるんだから、これ以上の贅沢はないか。うん、とにかくついてる。でも、水原にちょっと申し訳ない気もする)

「あの、和也くん!?」

「あ!ごめん」

妄想の世界から和也が帰ってくるのに、少し時間がかかってしまった。

「これクリスマスプレゼント…」

墨が恥ずかしそうにプレゼントを差し出す。

「あ、ありがとう!嬉しいな」

「俺からもこれ、プレゼント」

和也も墨にプレゼントを渡す。

「墨ちゃん、開けてもいい?」

墨がコクリと頷くと、和也は包装紙を丁寧に、しかし慌てながら剥がした。

「わ!マグカップ?」

「うん。温かいコーヒーでも飲んでほしいなって」

「嬉しいなぁ。早速今日うちで使うよ!」

墨がにこりと笑う。

「それと、これ、千鶴ちゃんにも」

墨が、全く同じプレゼントをもう一つ差し出す。

「二人で使って?」

「え?ペアのカップ?」

(嬉しい、嬉しいけど、これどういう状況?墨ちゃんって、俺と水原のこと、どこまで知ってるんだっけ?)

「私も、同じの…買った…」

「あ!そういうことね!友達同士、お揃いのってことね!ああ、そうだよねぇ~」

(あ~びっくりした。そうだよな。水原のこと、相談はしたけど、名前隠して相談してたし、俺たちのこと知ってるわけないよな。あぶね~)

「水原も喜ぶと思う。ありがとうね!いや~お揃いっていいよね~」

 

「じゃ、そろそろバイト行くね!墨ちゃん、ありがと!多分、会うの今年最後だよね。良いお年を~」

「良い…お年を~」

 

 

 

この後、めちゃくちゃパラドックスした。

(楽しかった~。でも、、和也くんは千鶴ちゃんが好き、、私は、千鶴ちゃんが好きな和也くんが好き……。でも、私だけを見てくれたら…)

 

 

~~更科瑠夏の場合~~

 

12月24日正午。

(せっかくのイブなのに、リア充見ながらバイトなんて、誰が好き好んでやらなきゃいけないんだよ。)

和也が呪詛を心の中で唱えていると、

「か~ずや!イブも一緒だね!」

挨拶がわりに、瑠夏がハグとウインクをしてくる。

しかも、12月限定のオフショル、ミニスカサンタ姿だ。確実に店長の趣味だ。

「さ!瑠夏ちゃん、受付でお客さんが待ってるよ!」

和也は、ハグとウインクを無視して、受付に向かう。

(客がいれば、瑠夏ちゃんもベタベタしてこないだろう)

 

それ以降は、次から次へとリア充が来店してきたため、和也と瑠夏はほとんど会話することもできず、数時間が経過した。

和也はバックヤードでクリスマスケーキのデコレーションに苦戦していた。

「よし、完成!瑠夏ちゃん、これ19号室に持って行って!」

「オッケー!ねぇ、和也、26日になったら、クリスマスデートするの覚えてるよね?」

24日も、25日も、人手が足りないからと店長に頼まれた結果、2人は26日にクリスマスデートの予定を立てていたのだ。正確には、瑠夏に予定を入れられたのだ。

「ああ、もちろん。ほら、お客さんが待ってるから、急いで」

「は~い」

和也のそっけない態度に瑠夏が雑にケーキを運ぶ。くるりと回って、バックヤードから出ようとした時、瑠夏が足を滑らせた。

「「あっ!?」」

和也が、慌てて右腕を瑠夏の背中に回し、あわや、キスしてしまいそうな距離で、瑠夏を支える。

幸い瑠夏は無事だったものの、せっかく作ったケーキは台無しになってしまった。

生クリームが瑠夏のぷるぷるの口元、健康的な鎖骨、ミニスカから伸びた張りのある太ももに飛び散っている。

突然のことで動揺したのと、和也の顔が真ん前に来たのとで、瑠夏の顔は紅潮している。

(和也、このまま、キスしてもいいんだよ…)

驚きと少しの興奮で、瑠夏の口はだらしなく開き、息も荒い。

(瑠夏ちゃん、なんて表情してるんだ…)

事故で、仕事上のミスだというのに、和也も瑠夏も違う意味で動揺してしまい、しばし時が止まる。

 

「おーーい!ケーキまだか?」

「「あっ!!」」

クレームを受けた店長が、受付から戻って来た。

「すいません!すぐ作り直します!」

和也は事情を説明し、ケーキを作り直そうとした。

「わかった。もういい、俺が持ってく。」

店長がいざという時のために、準備してあった予備のケーキを冷蔵庫から取り出し、謝罪も兼ねて自ら客室にケーキを運んで行った。

「「はぁ~~」」

二人は一気に脱力した。

 

「二人とも、ご苦労さん。今日、ちょっとだけ残業できるか?」

「は、はい!」

ケーキの一件があり、残業したくないとは言いづらい雰囲気だった。

「ありがと。もちろん、バイト代はちゃんと出すし、クリスマスケーキも土産に持ってけ」

「今日はすいませんでした。クリスマスで浮かれちゃって」「俺も…」

和也も瑠夏も頭をさげる。

「いいってことよ。バイトのミスの責任を取るのも、俺の仕事だ。気にすんな」

「はい!」

「その代わり、残業はしっかり頼むよ。ビッカビカにしてくれよな」

 

 

 

この後、めちゃくちゃワックス(で掃除)した。

 

 

~~七海麻美の場合~~

 

12月25日。

バイトを18時に切り上げ、和也はある場所へ走っていた。

 

話は数週間前に遡る。麻美から和也に電話があった。

「和く~ん、12月25日夜6時30分から、時間取れる?」

「え?」

(クリスマスの夜に、麻美ちゃんから、お誘い!?何の?)

「バイトの予定だけど、多少なら変更できるかも…」

夜遅くまでシフトが入っていたが、まったく勤務しないわけではないので、店長との交渉次第でなんとかなるだろうというのが、和也の読みだった。

「そう。じゃあ、来て欲しいの」

「う、うん。何があるの?」

「私の、初めてを見て欲しくって…」

(麻美ちゃんの初めて!?って、何!?クリスマスで初めてって、やっぱり。あっちのこと?

『和くん、優しくしてね』)

白のコートを羽織り、清楚な雰囲気の真美。

コートを脱ぐと、オフショルダーのニットワンピに、黒のニーソックス。

ニットワンピの向こう側には、登頂も命がけの雪山がそびえ、ニットワンピと、ニーソックスの間には、恋人が幸せを語らうホワイトクリスマスにふさわしい絶対領域が露わになっている。

(いかん、いかん!)

脳内に浮かぶ麻美の姿を払いのける。

「麻美ちゃん、初めてなんだ…」

「うん、知り合いは和くんだけにしか見せたくないから、誰にも言わないでね」

「う、うん」

「緊張で変な顔しちゃったり、汚い音がでっちゃたりしても、許してね」

着衣が乱れ、顔が紅潮した麻美が、普段は絶対に出さない声を出す。

昨日の瑠夏の一件もあり、和也の妄想力は最高潮だ。

「嬉しいよ。俺だけに見せてくれて」

「えーっと、和くんだけじゃないよ。知り合いは和くんだけなんだけど…」

(え?どういうこと?複数?初めてなのに?レベル高すぎるって!!)

「ちょっと待って、逆に俺の方が心の準備いるかも。急に緊張して来た」

「なんで、和くんが緊張するの?」

麻美は可笑しそうにコロコロ笑う。

「え!?」

「あれ?和くん、何か勘違いしてない?」

真美の口の端から、ニヤッと音が漏れる。

「え、いや、そんなことないよ。まさか~」

「私、コンサートに出るんだ~。夏くらいから練習しててさ。クリスマスコンサート!知り合いに見てほしいけど、見られるの恥ずかしくて、和くんなら、ちょうどいいかなぁ~って」

「あ、そうなんだ!すごいね。麻美ちゃん。楽しみだなぁ。絶対時間空けるよ」

水原の顔がチラついたものの、麻美との関係も蔑ろにできない。和也はそう判断した。

「だから、待ってるね!じゃあ」

 

和也は、開演時間、ギリギリに会場に滑り込むと、ステージに注目した。

メンバーみんな統一された衣装でありながら、一際目をひく麻美を見つけた。

コンサートが始まった。

 

 

この後、めちゃくちゃサックスした。

 

 

~~水原千鶴の場合~~

 

12月25日20時。

麻美のコンサートが終わると、和也は麻美への挨拶もそこそこに、居候させてもらっている水原の実家へと駆け足で会場を後にした。

今晩は、水原出演の舞台が千秋楽で、八重森も合わせて、3人でクリスマスパーティーをしようという約束になっていた。

麻美のコンサートのことを水原や八重森にはっきり伝えないまま、当日になってしまった。

 

「ねえ」

「え?」

和也は、水原の実家の最寄駅で、水原に声をかけられた。

「あれ?もう帰ってるんじゃなかったの?」

約束では、今頃、水原は家で、八重森とパーティーの準備をしているはずだった。

「私の舞台の会場と、あなたのバイト先が近いなって気づいて、舞台終わった後も、思ったより早く解散になったから、一緒に帰ろうかなって思ってたの」

「そうなんだ」

「でも、あなたに連絡しても、少しも繋がらなくて、少し待ってたの。でも、もうあなたのバイトの終わり時間になったから、今帰って来たの」

「ご、ごめん」

(麻美ちゃんのコンサート行ってたなんて、言えねぇ)

「ねぇ、何か言うことない?」

「え?何を?」

「信じていいの?」

「…え、あ、あの…」

和也の背中を冷や汗が伝う。

「私、バイト先まで行ったのよ」

(なすすべなしか…同居もこれにて、終了。同居させてもらいながら、他の女の子のところに行っていた最低男…。いや、ダメだ、正直に話そう。いつもここではぐらかすから、水原を心配させるんだ)

「じ、実は、麻美ちゃんに誘われちゃって、コンサートに行ってたんだ」

「え?麻美さんと?何してたの?」

「いや、デートとかそんなんじゃなくて、麻美ちゃんが出演者だったんだ。初めて舞台に立つから緊張してて、見られたくないけど、誰にも見られないのも寂しいって、だから俺に声かけて来て。麻美ちゃんが頑張ってるんだって思ったら、俺も応援したいなって思って。でも、今まで言い出せなかったのはごめん。ほんと、ごめん」

和也は早口に弁解と説明をする。そしてポケットをまさぐり、麻美の舞台の半券を、証拠として水原に提出する。

「そ、そう。私も緊張したなぁ。初めての舞台。だから麻美さんの気持ちもよくわかる。心配して、寂しかったけど、そんな理由なら、仕方ないわね。私、あなたのそういうところ、好きよ。人として」

水原は、和也を許すことにした。

「あ~でも、心配して、不安になって、疲れちゃった。みにちゃんには悪いけど、ちょっと寄り道しましょ」

「え?」

「ほら、あそこよ!一発かっ飛ばしてやりたくなって来たわ」

 

 

 

この後、めちゃくちゃバッターボックスした。

二人は、以前より近い距離で、バッティングセンターで楽しい時間を過ごした。

「それなら、そうって、先に言いなさいよ!」

 

 

~~一ノ瀬ちづるの場合~~

 

12月25日21時30分。

バッティングセンターから、水原の実家へ、和也と水原は帰って来た。

「お帰りッス。楽しそうで何よりッス。もう準備はできてるんで、さっさとはじめちゃいましょう」

「みにちゃん、ごめんね、待たせちゃって」

「大丈夫ッスよ~。二人の仲が進んでくれるなら、どれだけでも待ちますよ~」

こうして、三人のクリスマスパーティーが始まった。

それぞれにクリスマスプレゼントを送りあったり、ボードゲームをしたり、三人は楽しいひと時を過ごした。

気づけば、八重森がスヤスヤと眠っている。舞台に出演していた千鶴と、バイトの和也の分まで、今日のパーティーの準備をしていた疲れのせいだろう。

「水原、ありがとうな」

突然、和也が語り始めた。

「結局、今年はほとんど、ここで世話になっちまって。色々と迷惑かけたこともあったかもしれないけど、すごく楽しかった。今日も」

「…私もよ、…ありがとう。最初は仕方なくだったけど、みにちゃん含め、三人の生活すごく楽しかったわ」

「なぁ、水原!あの…、水原さえ良ければ、水原が良かったらでいいんだけど、俺、水原と…」

「あのさ!そろそろ止めにしない?」

水原が強い口調と、鋭い視線で、和也を制止する。

「え?」

(そ、そうだよな。さすがに、もうすぐ1年。長すぎた。高望みしすぎだったんだ…)

「その呼び方」

「ん?」

「私、一ノ瀬ちづるなの。水原千鶴は仮の姿。この1年間、いろんな姿を見られてきて、それってもう、水原千鶴じゃないの。水原千鶴はレンカノの姿であって、部屋着も着ないし、お客様の前で歯磨きもしないの。合鍵だって渡さないし、事務所に話を通さず、バッティングセンターにも行かない。私は私なりに、水原千鶴を大切にしているの」

「う、ごめん。そこまで気が回らなくて」

「違う、そうじゃないの。あなたが不躾だとかそういうことじゃなくて、もうそろそろここにいるときくらい一ノ瀬ちづるとして接してくれた方が私も、水原千鶴のイメージが守れるって、そういうこと」

「お、おお。そ、そうだな。その方がいいかもな」

(ま、まじ?じゃあ、これから、ここにいるときは、なんて呼ぶんだ!?一ノ瀬?千鶴?それとも…?)

「わかってくれて、ありがと。あなたなら、わかってくれると思ったわ」

ちづるは恥ずかしそうに、嬉しそうに顔を伏せる。

すると今度は和也が自分の番とばかりに、

「じゃ、じゃあさ、俺のことも、あなたとか、ねえとかじゃなくて、な、名前で呼んでくれたって、いいんじゃ、ないかな?」

(だ、大丈夫か?俺、調子乗ってないよな?)

「そ、そうね。私だけってのも、不公平よね。わかったわ」

「よ、よし、試しに呼んでみよーぜ」

「そ、そうね」

「「せーの!」」

「ちづる」「和也」

二人とも、顔を真っ赤にして、顔を背ける。

「な、慣れねーもんだなぁ。やっぱ元の呼び方にしようか」

和也が日和る。

「な、なに言ってんのよ。あなた、水原千鶴のイメージを壊したいわけ?」

「べ、別に、そんなんじゃねーし。名前くらい何度でも呼んでやるよ」

「ちづる、ちづる、ちづる、ちづる、ちづる…!」

「和也、和也、和也、和也、和也…!」

ハア、ハアと息を切らすくらいに、お互いの名前を連呼し続けた。

恥ずかしさの赤さが、徐々にお互いを想う気持ちの赤さに変わっていく。

二人揃って、名前の連呼が止まったとき、二人は目を合わせ、プッと吹き出した。

「お、思ったよりしっくりしてきたかも」

「そ、そうね。この呼び方も悪くないわね」

「そういえば、今日飲むかもと思って、ワイン買ってあったんだ。少し飲まない、ちづる?」

これ以上、名前呼びが続いてはたまらんと和也は酒の力を借りることにした。

「そ、そうしましょ、和也」

ちづるもいつもより、話し方が少しぎこちない。

 

名前を呼びあったときは、二人ともかなり動揺していたが、酒が進むにつれ、二人は落ち着きを取り戻していった。

本当の意味での同居人に、ようやく成れたのかもしれない。

嘘から始まった関係だとか、レンカノと客だとか、周りの人を騙してるとか、問題はまだまだいっぱいあるけれど、和也とちづる、二人だけの間は、余計な気遣いもなく、少なくとも、同居人としてはフェアな関係であることをお互い確認できたのだった。

 

今年一年の思い出を、二人が出会ってからの思い出を、二人は気兼ねなく、楽しく語り合ったのだった。

 

 

 

この後、めちゃくちゃリラックスした。

 

 

【本文:7052字】

以前、かのかりのOCに載せた作品です。
七海麻美ちゃん生誕に合わせて、こちらに載せます。

−−−−−

どいつも、こいつも、恋愛、恋愛、くだらないんだよ。

あの時の私も、恋愛、恋愛、くだらないんだよ。

どうせ、死ぬまでの暇つぶし。

恋愛が何になるの。

中身のない、軽薄な話で、周りに合わせた、空っぽの笑顔。

私は、私や周りの恋愛にイライラしたら、誰にも邪魔されないこの場所で、恋愛のくだらなさをつぶやいていた。

アカウント名、「めんどくさい」。
理由は、アカウント名を、考えるのがめんどくさいから。

父親も、この裏垢までは入ってこられない。

ここで吐き出す気持ちまでは、あいつに捨てられることもない。

そして、ずっとずっと恋愛はめんどくさいし、うざいから、付き合うつもりなんてなかった。

でもあの人が、強引で、服のセンスもださくて、童貞くさくて、けどちょっとかっこよくて、大学に入れば、自由も増えるし、あの時とは違う結末になるかなって、期待して、付き合うのにオッケーした。

浅草デートの時は、なぜか蓮の話で盛り上がった。
「蓮って、沼でも咲くらしいよ。どんなに泥だらけのとこからでも咲いてくるってすごいよね!」
「俺、最近調子悪いな、沼みたいになってんなって思ったときは、もうすぐ蓮が咲くんだ、我慢、我慢って言い聞かせてるんだ」
会話というよりは、自分語りの多い人だった。

手をつなごうとしてきたり、終電なくなってホテルに行く流れを作ろうとしたり、ダサいけど、嬉しかった。

でも、受け入れられなかった。

裏垢で誰にも邪魔されずにつぶやける場所を見つけても、大学生になって行動範囲が広がっても、あいつからは逃げられなかったから。

帰りが遅かった日に、あいつに問い詰められて、私は彼と別れる選択をしてしまった。

しばらく彼に、顔を合わせるのも辛かった。

恋愛しようとしたことの後悔や、大学デビューしようとした愚かさや、二進も三進もいかないことのやるせなさが溜まっていた。

まるで、沼だ。

すごく辛い。

一ヶ月ログインしていなかった、裏垢に久々にログインした。
「俺、最近調子悪いな、沼みたいになってんなって思っるときは、もうすぐ蓮が咲くんだ、我慢、我慢って言い聞かせてるんだ」
彼の言葉が不意に浮かぶ。

こんな私にも、花は咲くのかな。
とりあえず、アカウント名を「沼」にしてみた。

アカウント名が何になるのか、自分でも「草」だけど。

これは、和也が3年生になった4月に、地震が起きず、アパートを立ち退きになっていない世界のお話。

 

 

4月6日。

 今日は、瑠夏ちゃんとの久しぶりのデート。明日から3年生になって、忙しい水原とは「調査中」の関係になったし、水原との関係がバレないように、注意しないとな。待ち合わせは、○○駅に10時か。

 和也が、身支度を整え、デートの準備をしていた時、スマホが鳴った。

「和也!大事な話があるんじゃ。今からうちに来るように!」

 和はそれだけ言うと、電話を切ってしまった。

 いつも急なんだよなぁ、でもばあちゃんの呼び出しは断れないよなぁ。もう、瑠夏ちゃん絶対に怒っちゃうじゃん。

 仕方なく、和也は瑠夏にラインでデートを延期させてくれるよう、お願いした。

 

※※※

 

4月7日。

「えーーっ、一ノ瀬ってあの?」

 大学では、栗林や笹先が、水原と一ノ瀬が同一人物だという話で盛り上がっているが、話半分で、和也は会話に参加している。

 しばらくして、木部もやってきて、EDにはアボカドが良いらしいという雑学を話したりして盛り上がっている。ほどなくして、笹先が授業のため、教室に駆けて行った。

「あ、師匠!学校で会うのは久しぶりっス~」

 入れ替わるように八重森が混ざって、新学期早々話が盛り上がる。和也は依然いつになく落ち込んだままだった。

「和ちん、やけに静かじゃん」

「あ、いや、別に、」

「なんだよ、思ってることあるなら、言ってみろよ」

 木部に話を振られ、和也は昨日、和から聞かされた木ノ下家の現状について話しだした。

 大筋はこうだ。年明けに、和商店の近くに大型ショッピングモールができ、客足が遠のき、和商店の経営が大きく傾いた。このままでは後数ヶ月で和商店を閉じ、和也含め、木ノ下家の身の振りを考えなくてはいけない。和也も大学に通うどころではなくなるかもしれない状況にある。

「借金、倒産、退学、別れ、、」

 説明をし終えた後も、和也はうわごとのように、そう繰り返し続けた。

「師匠、大丈夫っス。映画も自力で作ったわけだし、なんとかできるっス」

 そんな八重森の一言から、和也の退学阻止のため、何とかできないかという話になり、実現できそうな話から、妄想が過ぎる話まで、みんなで意見を出し合っていた。

「協力しようとは言ったものの、すぐいいアイディアなんて出ないよなぁ」

 木部が焦る。

「とりあえず、グループライン作って、いいアイディアが出たら、共有するっス。」

 八重森が要領よく取りまとめ、グループラインが作られる。

 膝を交わす4人の横を、始業時間に合わせて、麻美が通り過ぎる。

「お!麻美ちゃん!」

 木部がハワイアンズのひりつきを忘れたかのような陽気さで、麻美に声をかける。

「今さ、実は、和ちんが退学の危機になっちまってよ。みんなでなんとかしてやろうって話になったんだよ。良かったら麻美ちゃんも、そのグループに入らないか?」

「え?」

(そりゃ、そうだろ。さすがに、麻美ちゃんも気まずいって。ハワイアンズ以来一言も喋ってねーのに、いきなり手伝えなんて、木部の誘いでも無茶だよ)

 和也は内心、木部に突っ込んだ。

「もちろん、ハワイアンズで色々あったことはお互い様だと思う。でもよ、縁あって、下田やハワイアンズに行った仲じゃん。気まずいまま終わるなんて、みんな嫌だろ?な、和也?」

(話振られたー。この流れ的に断る言い方はできないよな)

「お、おお。そ、そうだな。俺も、麻美ちゃんには、っていうか、みんなにもだけど、あの時色々迷惑や心配かけたって思ってるし、このまま何となくみんなと離れてくのも、嫌だなって思ってたし、、」

 木部の無茶ぶりだったが、幸いにも、和也は本音を話始めることができた。

「ちづるの事、ずっと嘘ついてた。何度も話そうとしたけど、その度心が折れちゃって、騙してやろうとか、そういうつもりじゃなかったんだ、決して」

「4か月も前のこと根にもつほど暇じゃねーよ、少なくとも俺はな」

「そうだ、そうだ」事情を知る栗林も、和也を励まそうと、木部に相槌をうつ。

「色々思うことはあるが、お前に、幼なじみより大切な「彼女」ができたんだって思ったら、納得もいったよ。だから今はもう別れたらチェーンソーで腑抉り出すくらいにしか思ってない」

「あ、ありがとう」

「てことでさ、麻美ちゃん、ちょっと協力してやってくれないかな?」

「……、そうだね。私も和くんともうお話しできなくなるのかなって、あれからずっと考えちゃってたんだ」

こうして、麻美もライングループに入ることとなった。

 そんな時、予鈴が鳴る。

「じゃ、またな」「またね」口々に、それぞれの教室へ駆けていく。

「授業始まるっス。とりあえず何か思いついたらバンバン共有するっス。そして師匠は、水原さんをライングループに招待しておくっス」

「え、な!?」

「師匠が退学して、一番悲しむ人を誘わない理由がないっス」

 最後に残った八重森もそう言って、教室へ消えていった。

(ありがたい、ありがたいけど、ややこしい、、水原に、麻美ちゃんに、みにちゃん、木部に栗も、、どうなるんだ、これから)

 和也は悶えながら、水原にライングループの招待を送った。その時、和也のスマホが鳴った。

「か~~ず~~や~~!」

 鼓膜が破れるほどの声で、瑠夏が名前を呼ぶ。

「昨日、デートに行けなかったのは、和お祖母様のご事情で仕方ないとは思いますけど、それ以来連絡が一切ないのは、どうしてなんですか!?彼女には、何があったか、できる限り報告して・・・」

 瑠夏が早口かつ大音量で、気持ちを和也にぶつける。瑠夏の話が一通り終わった後、和也は昨日の実家での出来事を瑠夏にも話したのだった。

「それは、大変!ぜひ何か協力させてください!」

(瑠夏ちゃんまで関わってきたら、話がややこしくなる、、さっきの話は言わない方がいいよな、、)

「だ、大丈夫、何とかするから、瑠夏ちゃんの協力まではいらないよ」

「瑠夏ちゃんの協力まで?誰の協力があるんですか?」

「あ!」

「あ!って何なんですか?まさか、千鶴さんじゃないですよね?もう終わったんですよね?」

(こ、断れない、、、)

「じ、実はさ、、」

 和也は千鶴、麻美、木部らを交えたグループラインを作って作戦を考え中だということを白状した。

 こうして、ライングループに瑠夏も追加されることとなった。

「私も何かあれば、意見を送りますね!それと、昨日の埋め合わせはぜーーったいしてもらいますらからね!」

 そういうと、瑠夏は電話を切った。

「ハァ、ありがたいような、ありがたくないような、、って、あ!授業始まってる!」

和也は、教室に走っていった。

 

◇◇◇

@mendokusai△△△

4月7日

9:43 巻き込まれた。

9:45 断らない私も、何やってるのか。

9:46 私の本心か。

◇◇◇

 

※※※

 

 その日の昼。学食にて。

「師匠~!いいアイディア浮かんだっスか?」

「いや、そんなすぐ浮かばないって、、」

 ライングループに水原を招待してすぐ、水原から昼に学食で話がしたいとライングループに連絡があり、和也、水原、八重森が集まることになった。

「水原さんは、まだっスか?」

 八重森が確認しようとしたその時、

「お待たせ、待った?」

「べ、別に」

 相変わらずの和也の返事。

「そ。で、どうするの?」

 昼に学食で集まると決まった時に、八重森が要点を水原に教えてくれていた。

「どうもこうも、このままじゃ退学しなきゃいけなくなりそうで、」

「それはみにちゃんから聞いたわよ。それでいいわけ?」

「いや、よくねーよ」

 水原と話すと、返事がぎこちなくなる和也。

「でも、あなたの人生なのよね?」

「そりゃ、わかってるよ」

「じゃあ、あなたがどうしていきたいか決めないといけないんじゃないの?」

「う、うん」

 口ごもる和也。

「師匠も、急な話でまだ冷静になりきれてないんすよ」

「そうかもしれないけど、、」

「水原さんの気持ちもわかります。でも、師匠も師匠なりに、ハワイアンズであったことを反省して、みんなで協力して、何とかしようとしているところなんです」

「……わかったわ。今日明日で退学ってわけじゃないみたいだし、私も考えてみる。」

 その時、水原のスマホが鳴った。

「あ、ごめん。ちょっと出てくる」

 水原は席を立った。

「はぁ、みにちゃん、ありがとう。いつも」

「師匠!ピンチはチャンスっス!退学しないでいい方法を見つけて、水原さんともっと接近するっス」

「お、おう、そうだな」

「水原さん戻ってくるまで、漫画読んでていいっすか?」

「ああ、まぁいいけど」

 そう言うと、八重森は鞄から週刊少年マガ○ンを取り出し、パラパラとめくり始めた。

「んーん、今度はこのキャラのコスプレもいいっスね~」「あ、これもセクシーですね」

「みにちゃん、それ読んでるの?」

「読んでます、読んでます。何度も読んでるんで、ストーリーもバッチリっス」

「そう…」(にしても、読むの早いな。)

「あ!閃いたっす!」

「え?」

「これっす、これ!」

 そう言うと、八重森が一つの漫画を指差した。

「ん?この漫画がどうしたの?」

「この漫画、若い店長が、女の子5人の従業員と一緒に、カフェ経営しているんです。で、恋愛や、事件が起きるって、ラブコメなんです」

「で?」

「だ~か~ら~、師匠が、実家のお店で、水原さんや彼女さんや朝会った女の人を、はべらせるっス」

「え?」

「大丈夫っス。全部演技です。しばらくの間は、お店に立ってもらうとか手伝ってもらうとかあるかもしれないすけど、そこはうまいこと、引き際見つけて、おばあさんとか、師匠の実家の人に頑張ってもらうっス」

「う、う~ん、まぁ確かに、水原も瑠夏ちゃんも、麻美ちゃんも可愛いから、人目を引くとは思うけど…」

「で、ただ、可愛い店員さんがいるだけじゃダメなのもわかってるっス。なので、実家のお店の紹介動画を作って、YouTubeで流しましょう。それだけだと、弱いんで、水原さんたちのイメージビデオも作るっス」

(水原や、瑠夏ちゃん、麻美ちゃんのイメージビデオ……?そ、そんな、俺以外にそんな姿…。水原、そんな格好…。瑠夏ちゃん、未成年なのに…。麻美ちゃん、その水着際どいって…)

「し、師匠?なんか変なビデオ想像してないっスか?」

「え、そんなわけないでしょ…」

「爽やかな映像っスよ。可愛い女の子が楽しそうに一日を過ごしている。そしてそんな女の子たちが楽しそうに働いているお店ってイメージを持ってもらうんです。もちろん、映画のときみたいに、コツコツと告知したり、ビラ配りしたり、地道なこともやるっス。ただ、クラファンをするわけじゃないんで、水原さんのパンツとかの返礼品が探せないのが、残念ですね」

 八重森がさらっと欲望をポロリしたタイミングで、水原が電話を終えて、戻ってきたところで、「え?パンツ?」と思わずツッコんだ。

「水原さん、作戦が決まったっス。切ない曲に、可愛い女の子、楽しそうな一日、これさえあれば完璧っス!」

「な、何のこと?」

 水原はついていけない。

(みにちゃん、今、水原のツッコミ、スルーしたよな)

「そうと決まれば、音楽が得意な友達に楽曲依頼するっス。お代は師匠の出世払いで頼んでみるっス。あ、師匠、おばあさんや実家の人にも報告した方がいいっスよね?」

「あ、ああ」

「じゃあ、近々関係者集めて、大作戦会議するっス」

「おお、わかった、ありがとう」

 八重森の早すぎる指示に和也も反応するのに必死だ。

「じゃあ、私は昼から用事があるので、ここらで帰るっス」

「ありがとう」

「水原さん、作戦会議に、他に可愛い子いたら連れてきてほしいっス。それじゃ」

「え、ええ」

 水原はまだ飲み込めていない。八重森は水原の返事を聞く気もなく、行ってしまった。その後、和也から水原に作戦を説明し、この日はお開きになった。

 

※※※

 

 数日後の土曜日、和也の実家。和商店復活計画の協力者が集まっていた。

「師匠、水原さんは、どうしたんスか?」

「もうすぐ来ると思うけど…」

 ピンポーン。チャイムが鳴った。

「千鶴姫かの?」

 和が立ち上がろうとするも、瑠夏が「おばーさーん」と袖を掴み、和の好感度を上げようと、さりげなく妨害する。そんな瑠夏をキラキラした目で、栗林が追いかける。木部と麻美は、春休みの思い出話で盛り上がっている。

「俺、見て来るよ」

 手の空いていた和也が玄関に向かい、ドアを開けた。

「ごめん、遅れちゃって」

「大丈夫、今、揃ったところだから」

「そ。良かった。じゃ、入って」

「え?誰?」

 水原が誘うと、ドアの陰から墨が顔を出した。

「す、墨ちゃん?」

「う……」

 墨は、必死に挨拶をしようとするが、和也の家に上がることに緊張し、言葉が出ない。

 和也がフォローしようとした瞬間、墨はスマホを取り出し、一瞬で挨拶を打ち込んだ。

『こんにちは。千鶴さんから話聞いて、心配して、来ちゃった』

 墨の優しさに、和也の顔を涙がつたう。

「ありがとう、墨ちゃん…」

「さ、みんな待ってるんでしょ?リビングに行きましょ」

「お、おお。さ、墨ちゃん、こっちへどうぞ」

 和也が先導し、千鶴、墨もリビングに入る。

「みんなお待たせ、千鶴が到着したよ。そして千鶴の友達の桜沢墨ちゃん。俺も何回か会ったことがあって、今回の作戦に協力してくれることになった。よろしく!」

「あ…あ…あの…」

 人見知り絶賛発動中だ。

 それでも、水原のフォローや、みんなの気遣いにより、墨もみんなと打ち解けていった。

 水原が和也の祖父の仏壇に挨拶を済ませ、再びリビングに戻り、八重森が話しだした。

「さ、師匠、そろそろ本題に入るっス」

「お、おう。えー、おほん、今日はみんな俺や家族のために、集まってくれてありがとう。詳しい事情は、前に話した通り、下手したら俺は退学しなきゃいけないことになってしまったんだ。でも、そうならないためになんとか和商店を復活させる作戦を立てたんだ」

「詳しくは私が話すっス。千鶴さん、瑠夏さん、麻美さん、墨さんもですかね?みなさんに和商店の看板娘になってもらうっス」

「「えっ!?」」

 事前に話を聞いていなかった、瑠夏と麻美が驚きの声をあげる。

「びっくりするのも無理はないっス。でも師匠がいなくなったら、みなさん寂しいですよね?だったら、やることは一つっス。何があっても作戦を成功させて、師匠の退学を防ぐことっス」

「そうだけど……」

 瑠夏も麻美も、和也の退学の可能性をちらつかされれば、賛同するしかなかった。

「千鶴殿、瑠夏殿、麻美殿、墨殿、みに殿。感謝するぞ。もちろん、作戦実行にかかる給料や交通費などはしっかり保証させてもらうから、安心してくれい。芳秋と栗林くんも、ありがとう」

 事前に八重森と和也から、作戦を聞いていた和が金銭面のフォローをしっかり伝える。

「いきなり4人に働いてもらっても、誰も来ないっス。なんで、そのためにおしゃれな音楽とエモい風景でプロモーションビデオを作るっス。そしてそれを和商店のYouTubeチャンネルで流すっス。それだけじゃ、チャンネルとして弱いんで、おばあさんにもYouTuberになってもらうっス。お店の紹介とか、人生相談とか、おばあさんのキャラを活かせば、バズるはずっス。最初は4人の力も借りつつ、おばあさんとお店の魅力が広まれば、あとはおばあさんと師匠の親御さんにお任せできるはずっス」

「『心臓止まりかけたわー!』を超えるバズるセリフ作って、しっかり集客するから、最初の間、少しだけみんなの力を貸してほしい。よろしく頼みます」

 和が、らしからぬ丁寧さで、若者たちに頭を下げた。

「おばあさん、大丈夫ですから、お気になさらず。私たちも和也さんのために協力したいという気持ちで集まったんですから」

 自然と水原が、みんなを代表して、和に心配無用と声をかける。

「ありがとう。千鶴殿。動画撮影や交通費その他諸々の費用は、私が出す。経営難とはいえ、蓄えがないわけじゃないんじゃ。みなの力を借りてもダメだったら、もうこの店も潮時じゃ。やれるだけのことはやったと思って、閉店ならじーさんも何も言うまい。とはいえ、だらだらとも続けられん。短期決戦でお願いしたい」

 和の決意に、皆が賛同する。

「和さん、俺たちに任せてくれよ!で、和ちん具体的に何をどうするつもりなんだよ?」

「細かい流れもばっちりっス」

 八重森が作戦を伝える。

 千鶴たち4人が出演し、和也が撮影する。八重森は音源の依頼や、衣装の選定、和のYouTube用動画の編集やアドバイスを行う。木部と栗林は、撮影場所探しや許可取り、撮影日当日の車の運転を担当する。和はYouTuberとして、どんどん動画を撮影していく。和男と晴美は和商店をこれまで通り営業して、店をしっかり守る。

 ゴールデンウィークに入ると撮影がしづらくなることを考え、ゴールデンウィークの始まる一週間前の土日に撮影を行い、4月中に動画を編集・アップロードし、5月になったら、4人を看板娘として、和商店の復活を狙うという予定だということも、八重森から伝えられた。

 また最近のSNS事情に明るい八重森が、バズりやすい曲のイメージを話したり、和が和商店への思いを語ったりして、具体的な映像のイメージも固まっていく。

「ハードスケジュールになっちゃうけど、みんなよろしく!お願いします!」

 今度は、和也が頭を下げる。

「ちなみに、動画の編集は田臥さんがやってくれることになった。『群青の星座』のおかげで、田臥さんの業界の評価が上がったらしくて、そのお礼としてやってくれるって」和也が付け足す。

「よっしゃ、和ちん、バシッと決めてやろうぜ」

 こうして、和商店復活計画は、走り出した。

 

◇◇◇

@mendokusai△△△

4月×日

15:14 はじまっちゃった。

15:16 裏でバチバチして、表でニコニコ。ウケる。

◇◇◇

 

※※※

 

 撮影初日。早朝。

 都内某駅前のロータリー、バスの到着を待つかのように並ぶ千鶴たち4人を撮影する。

 素敵な時間の始まりを予感させる朝の陽光と、美少女の笑顔が爽やかなシーン。

 事前に作成した絵コンテを元に、和也がカメラを操る。

「はい、オッケー!!」

 カメラマン兼監督の和也がこのシーンの撮影終了を告げる。それと同時に、木部が差し入れのアイスコーヒーを4人に配り始める。

「みんな、ほんと、朝からありがとう。俺なんかのために」

「当たり前じゃないですか!私は、和也の彼女なんですよ!彼氏のためにできることするのは当然です!」

「る、瑠夏ちゃんありがと」

 和也は、水原との関係を打ち明けられずにいる罪悪感を隠して、瑠夏に感謝を伝えた。耐えきれず和也が視線を泳がせていると、墨と談笑する水原と目が合った。

(げっ!!水原、俺と瑠夏ちゃんが楽しそうに喋ってるって、怒ってる?また減点!?水原、誤解だって!!)

 一方で、墨は和也と水原が目を合わせているのを見て、

(和也くん、やっぱり、千鶴ちゃんのこと、、)

 と思い、和也を応援することを改めて決意していた。

 また一方、

「はい、麻美ちゃん、お疲れ!」

 木部が麻美にアイスコーヒーを手渡そうとするが、麻美はスマホをいじるのに夢中だった。

「ま、麻美ちゃん?これ、飲んで」

 メールか何かを打ち込むのに夢中で麻美が気づいていない。木部が改めて声をかけると、

「木部ちゃん、ごめーん。ありがと」

 そう返事し、麻美がアイスコーヒーを受け取り、美味しそうに飲み始めた。

「じゃあ、皆さんそろそろスタジオに移動するっス」

 八重森の掛け声で、木部が運転するロケバスに乗り込み、移動を開始した。

 

◇◇◇

@mendokusai△△△

4月○日 

6:42 朝早すぎ。だる。

7:28 仲良しごっこ乙

7:29 あの時と、何も変わってなくない?

◇◇◇

 

※※※

 

 都内某所のスタジオ。

 白いワンピースに身を包んだ、少女たちのピュアな心を描き出すシーン。

 4人が微笑を浮かべ、幸せな一瞬を切り取る。

 一人ずつのアップも撮影し、個人個人の魅力も取り上げる。

 和也も屋内の撮影とあり、落ち着いてカメラを回している。

「女の子が白いワンピース着て、ニコニコしてれば、集客はばっちりっス」

 配信者として腕を上げた撮影技術で、八重森が写真を撮りながら、にししと笑う。

「よし、オッケー!ここでの撮影はおしまいにしよう。」

 和也が告げる。そこへ、

「お疲れ!お昼用意してきたぜ。和ちんと女の子たちは、ここでささっと食べちゃって!俺たちは先に食っちまったからよ」

 木部と栗林が弁当を持って、スタジオに入ってきた。机の上にどかっと、弁当を置くと、二人は機材の片付けを始めた。

「いただくっス~」

 八重森が弁当を並べた机にかけていくと、他のメンバーも続いた。

 

「おい……しい」

「あ~疲れた~」

 朝から何も口にしていなかったため、みんな急いで弁当を口にした。

「あ!あなた、頬にご飯粒付いてるわよ。もうちゃんとしなさいよ!」

 水原がイライラしたような、でも嬉しそうな声で、和也の頬に付いた米粒を取った。和也は、水原に構ってもらえて嬉しそうにニヤニヤしている。

(え?和也と千鶴さんって、もう終わったんじゃないの?なのに、なにこの二人の顔、すごく楽しそう。ひょっとして?)

「和也!こっちにもご飯粒付いてるわよ!」

 瑠夏は、米粒なんて付いていないのに、水原が触ったのとは逆の頬から、米粒を取る素振りをした。

「あ、ありがとう、瑠夏ちゃん」

「やっぱり、和也は私がいないとダメなんだから!」

 水原が二人から顔を背け、和也が瑠夏に気圧されていると、

「さあ、そろそろ次の場所に移動しましょう!鎌倉で夕陽の撮影っスよ!」

 いち早く弁当を食べ終えた八重森が、音頭を取る。

 弁当を食べ終えた者から順番に、スタジオを出て、一行は鎌倉の砂浜に向かった。

 

◇◇◇

@mendokusai△△△

4月○日 

12:48 っスっスっス

12:50 ちづことるか、ギスギスしろ

12:58 弁当、油もの多

◇◇◇

 

※※※

 

 鎌倉の砂浜。

 千鶴たちが波打ち際に駆けていき、夕陽を眺めるシーン。

 あっという間に終わりを告げる楽しい時間、切なさ溢れる瞬間。

 スタジオの統一感ある衣装と異なり、4人としてのまとまりがありつつ、それぞれの個性を表現した衣装。

 

「はい、オッケー!」

 和也と4人の間の様々なわだかまりがなかったら、あり得た一つの世界。そんな妄想がよぎり、和也は僅かに瞳を濡らした。

 木部と栗林が飲み物片手に、千鶴たちに近づき、労をねぎらう。

 和也は感傷に浸るあまり、その輪に入れずには一人カメラを片付け始める。そこに、

「か~ずくん、お疲れ~!」

 麻美がニコニコと声をかける。

「あ、麻美ちゃん。今回は色々とありがと。なかなか一対一で話す機会もないまま、今日まで来ちゃってごめん」

「ううん、気にしないで。和くんのこと、心配だもん。あの…ハワイアンズでは色々あったけど、いや、あったからこそ、なのかもしれないけど、私もしっかり和くんと話をしたいなって思っててさ。でも、きっかけがなくて」

(だー、やっぱり気遣わせてたぁ。そして、麻美ちゃん、やっぱり優しいし、可愛い!今の衣装めっちゃ麻美ちゃんらしさ出てるー!)

「それでね、千鶴さんにも悪いことしちゃったし、謝りたいんだけど、なかなかタイミングなくてさ、今回和くんに協力して、二人とまた仲良くなれたらいいな、って」

(麻美ちゃんから、歩み寄ってくれてる!?大丈夫だよね?今度は信じても大丈夫だよね!?)

「う、うん、また千鶴にも麻美ちゃんの気持ち伝えとくよ」

(水原ともまた、麻美ちゃんのこと話さないとな~。今日まだほとんど話せてないし。)

「うん、よろしくね」

 麻美がしおらしく走り去ると、

「和也~!」

 瑠夏がこっそりロケに持ってきていた水鉄砲で、和也に大量の水を浴びせかける。

「え?」

「せっかく、海に来たんだから水遊びしますよ~!」

「いや、まだもう一か所撮影あるんだって!」

 逃げる和也。追う瑠夏。

 みんなは、腹を抱えて笑っている。墨を除いて。

(かずやくん…すごく頑張ってる。やっぱり…私…。でも…和也くんは…ちづるちゃんが…)

 

◇◇◇

@mendokusai△△△

4月○日 

17:02 ちょろ

17:03 ちづこ、まだだよ

◇◇◇

 

※※※

 

 朝からの撮影、長距離の移動でくたくたになりながらも、本日最後のシーン。

 すっかり日は落ち、4人が一列に並び、帰路につく場面。

 楽しかった一日が終わってしまう。まだこの時間が続けばいいのに、誰もがそう願いつつ、 時間の刹那さ故に楽しいという矛盾に、切なさを感じる瞬間。

 一日一緒にいて、和也と4人も息ぴったりで、数十分で撮影を終える。

「はい、オッケー!」

「これで、今日の撮影はおしまいっス。明日も朝早いんで、さっさと撤収するっス」

 こうして、初日の撮影は終了した。

 

※※※

 

 撮影2日目。

 早朝の新宿。人通りが多くなる前に短時間で撮影しなければならない。

 朝一番ながら、全員が緊張感を持って撮影が始まった。

 歩道橋の上に、4人の少女。朝の爽やかな空気感が、これから何かが始まる予感を強く呼び起こす。

 木部と栗林も、交通整理などで、あちこち走り回っている。

「はい、オッケー!すごく爽やかでいい感じだよ!」

 4人が談笑しながら、車に乗り込んでいく。

「いやー、やっぱ絵になるっスなぁ。師匠、こんな可愛い子にここまでさせてるんすから、絶対成功させましょうね。」

「うん、そうだね」

「ついでに、4人のグッズも作って、ぐへへ」

「みにちゃん、心の声聞こえてるよ?」

「あ!いや、師匠が疲れてるだけっス」

 八重森が下手くそな口笛を吹いて、車に乗り込んでいった。

 

◇◇◇

@mendokusai△△△

4月◇日 

7:24 寝不足なんですけど

7:26 青春ごっこ疲れる

◇◇◇

 

※※※

 

 東京湾を臨む海辺の公園。

 公園でのんびりとした時間を過ごす4人。明るい陽射しと、それをキラキラとはね返す水面が、美少女の輝きをより引き立てる。

 動画だけを見た者は、よもや4人の裏に複雑な人間関係が隠れているなど思いもよるまい。

「はい、オッケー!」

「みなさんが頑張ってくれたんで、だいぶ予定より早く進んでるっス。次の撮影場所の予約時間の都合で、少し自由時間にするっス。2時間後にここに集合するっス」

 八重森がそう告げるや否や、

「か~ずや!近くのショッピングモールに行こっ!」

 瑠夏が和也の腕を掴み、あっという間に公園から走り去っていった。

「お!俺たちもさっさと片付けて行こうぜ!」

 木部が栗林に話しかけると、他のメンバーもそれに乗っかり、結局全員でショッピングモールでしばしの休憩をとることにした。

 

「あ!千鶴さん!師匠発見っす!すっごいデレデレしてるっすよ」

「べ、別にいいんじゃないの?二人は付き合ってるんだし」

「へぇ~、そうなんスか。もう調査は終わっちゃったんスか?」

「いや、そういうわけじゃないけど、あの人にはあの人の気持ちがあるだろうし、私がどうこう言えることじゃないわ」

「は~、まぁ~そうっすね~」

八重森はニヤニヤと何か言いたげだが、それ以上は口にしなかった。

(はあ、何やってんのよ、私。どうなりたいかなんて、もう…でも…)

 

 一行はウインドウショッピングをしたり、お茶をしたりと少し休憩した後、最後の撮影場所へ移動した。

 

◇◇◇

@mendokusai△△△

4月◇日 

15:48 青春ごっこしてあげるの優しい

15:50 どいつもこいつもヘラヘラしてんな

15:51 私もか

15:54 いつまでこのままなのかな

15:55 ちづこが言うのもあってるのかな

◇◇◇

 

※※※

 

 アウトドア施設。

 プロモーションビデオ上では、締めくくりにして、一番の山場となるシーン。

 撮影においても、2日間の〆となるシーン。

 力を入れるというよりも、二日間お疲れ様と、打ち上げに臨む気分で、リラックスした4人の姿を写し撮る。

 ペンライトを振って、文字を作ったり、インスタ映えスポットで写真を撮ったり、みんなでBBQしたり。

 和也の退学阻止という目的も忘れるくらい、和也絡みの因縁も忘れるくらい、少女たちは楽しんだ。

「はい、オッケー!すっごく楽しそうでいい感じだよ」

「撮影はこれで全部終わりすけど、まだ予約時間あるんで、後はみんなでBBQするっス」

「あ~腹減った~」

 八重森、木部と栗林は席に着き、BBQを楽しみ出した。

「さっき、ショッビングモールでお酒も買ってきたんで、これも飲むっス」

 八重森がご機嫌な顔で、お酌をして回る。

 宴もたけなわ、和也がよろめきながら、立ち上がり、話し始めた。

「えー、みんな二日間ありがとう。俺のために。ハワイアンズでいろんなことがあって、みんなに迷惑をかけて、それでも手伝ってくれて、ありがとう。まだこれからやることはたくさんあるんだけど、それでもここまでみんなに助けてもらえて、嬉しかった。ありがとう。」

「私からもお礼させてください。ハワイアンズでは、本当にたくさんのご迷惑をおかけしました。それにもかかわらず、昨日今日と、みなさんと一緒に一つの作品を作ることができて、とても楽しい時間を過ごすことができました。ありがとうございます」

水原の、レンタル彼女としても、本物の彼女としても、完璧な挨拶だった。

「え?なんで、千鶴さんが、彼女みたいな顔して、挨拶してるんですか?」

 オレンジジュースを飲んでいたはずの瑠夏が、座った目で、水原を睨みつける。

「私は、ただ、みなさんにご迷惑をおかけしたから、それについて話しただけで…」

(瑠夏ちゃん、酔っ払ってる?)

 和也は焦る。瑠夏は止まらない。

「麻美さんも、何か言ってください!」

「えっ?私?」

「何かいいたいことありますよね?和也への視線、何かいいたげでしたよ?」

「うーん、そうだなぁ…」

「おっ!女の同士の戦いですか!?」

 和也の応援をすると思っていた、八重森が火に油を注ぐような合いの手を入れる。瑠夏と同じ目をしている。

「桜沢さんも、なんかあるっスよねぇ?」

「…え?」

 いきなり、墨にも飛び火する。

(え?これどう言う状況?色々あったけど、楽しかったねって、丸く収まりそうだったのに。また修羅場になるの?)

 和也は誰に味方すべきか、するまいかわからず、5人の女子をキョロキョロ見回す。

「そうだぞ、和ちん!こんなに可愛い子たちが、お前のために、集まってくれたんだ。それなのにそんなフラフラしてていいのか?」

「そうだぞ、和也!しゃんとしろ!」

 酒に呑まれた木部と、栗林までが、加勢する。

「あなたどうなの?」「和也!?」「和ちん!」「和くん、あのね…」「和也くん、実は…」

「あ、あ、ああ…」

さっきまで、楽しく撮影した仲間だと思っていたメンバーに詰め寄られる。

和也へ向けた言葉か、それぞれが自分自身に向けた言葉なのか。みんなの心がシンクロする。

 

 

 

 

 

「「「「「「「言えないままでいいの?」」」」」」」

 

 

 

 

 

7人の圧と、酒の酔いで、和也は気を失った。

 

 

※※※

 

 4月29日。

 田臥から、編集された動画が、和也の元に届く。

 アウトドア施設からどうやって帰ったのか、和也は覚えていなかった。

 あの撮影以来、誰も何も言ってこなかった。夢か幻か。

 和也は動画を再生する。

 

 千鶴、麻美、瑠夏、墨。八重森、木部、栗林、和也も入れて、8人の笑顔は、あの日、あの時、存在していた。  

 

 和也は、全員が幸せになれる方法を、見つけてやると意気込みを新たにした。

 

※※※

 

 動画は好評を博し、和商店、復活の足がかりとなった。

4人の少女は瞬く間に、有名になり、和商店はメディアの露出などもあり、収益も倍増した。

 和もYouTuberとして、1ヶ月足らずで、1万人登録者を獲得し、和商店と、YouTuberの二足のわらじ生活をすっかり楽しんでいる。

 

 和也も、千鶴も、麻美も、瑠夏も、墨も、本当の気持ちを秘めたまま言えないでいる。

 いや、今は「言わないままでいいの」。

 

Fin♪

 

※※※