目指せ~年間練習100日! -27ページ目

目指せ~年間練習100日!

今年はラウンドより練習優先!

新年は、帰省中の息子たちとお墓参りでスタート音譜音譜
のついでに、幼い頃遊んだ懐かしい公園を訪れた。
当時大きくて怖がってた滑り台の横に、
さらに大きな鉄製はてなマークの滑り台が出来ていた目
 
公園も進化してるんや~と感心しつつ、
外で元気に遊んでいる子供たちの将来が楽しだなぁ~照れなんて思うのは歳とった証拠かなぁ~あせる

 

と、ふと横を見ると初詣の字が染め抜かれた紅い幟。

はてなマークこんなところに神社があるのはてなマーク

と惹かれてたどって行くと、

あった~結構本格的?な神社が、、、
 
伊居太はてなマーク何て読むんだろうはてなマーク

境内に人は少ないけど焚火がたかれて能舞台のようなものもある。

社殿も歴史を感じる作りで立派だ!!

掲げられていた説明を読むと

 

池田市の元になったのかと思わせる読み方だった。
伊居太(イケダ)神社 正式名称 穴織(アヤハ)宮伊居太神社。

その起源は応神天皇、仁徳天皇の時代にまでさかのぼる。

 

当時日本にはなかった機織・縫製の技術を得るために
呉から迎えられた4姫のうち、
呉服媛(くれはとりのひめ)・穴織媛(あやはとりのひめ)がこの地で大活躍。
その穴織媛が76年に死去した翌年に仁徳天皇が穴織媛を祭るために建てたと。

 

織姫を祀った神社だったとは、、天皇に祭られるほどの活躍をしたって、どれほどなんでしょう❣️

大勲位菊花章頸飾ものかな❓

ここまで読んで、あ~ひらめき電球昔、読んだことがある!!
と思いだした。
 
普段 良くお参りに行く呉羽神社はもう一人の呉服媛を祭ってる姉妹神社なのだ爆笑
どこかなぁ~と思ったまま20年以上そのままにしていた神社に、偶然、しかも初詣のタイミングで出会ってしまった~笑い泣き

いつもお墓参りしているお寺のすぐ横にあるのに全く気付かなかった由緒ある神社との出会い⛩
 
今年は絶対いいことあるなぁ~💕
ちなみにこの神社、785年、桓武天皇の命で社殿を新たにし、応神天皇、仁徳天皇を祀るようになったのが、天正7年(1579年)織田信長と荒木重信による有岡城の戦いで焼失し、1604年に豊臣秀頼が再建したとのこと。
池田市に現存する最古の神社。
ちょっと階段長いけど、またイコ照れ