太平洋戦争末期、沖縄決戦に飛び立った隊員1036名の遺品や遺影が
展示されている知覧特攻平和会館
指宿から車で向かいました(70分)。
ウクライナ侵攻の現在と重なる今だからか、来館者は多め。
ミッドウェー海戦以降、防戦一辺倒になった日本軍がとった戦法が特攻。
右の翼に250キロ爆弾、左翼には同量の燃料。特攻隊員は約650キロ先の沖縄周辺の米軍艦船を撃沈すべく、出撃。生還された特攻隊員の話によると、開聞岳を見ながら海岸線を越えると、何度も何度も振り返りながら死への覚悟を決めたそう。
※夫の特攻志願の足かせになるだろうと幼い子らを連れて飛行学校近くの荒川に身を投じた妻の遺書
「私達がいたのではこの世の未練になり,思う存分の活躍が出来ないでしょうから,一足お先に逝って待っています」
戦時下の妻&母としての思いに、涙してしまいました😢😢
会館訪問後、
知覧から出撃した439名が決死の覚悟で見送った開聞岳の美しさは胸にくるものがありました。



























