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ファッションははてしないポピュラリティ・コンテスト

ハイファッションはファッション界であるたしかな趣味と権威をもった小集団の紳士淑女たちのスタイルです。富と地位ももった人びと、たとえば大型百貨店のバイヤー、ファッション雑誌の編集者やライターたちは身ぐるみオートクチュール(フランス語で「ハイファッション」)で装っています。これらの高価で、しばしばアーティスティックなファッションは勝ち誇るかもしれませんし、また多数派のためのファッションになっていくかもしれません。けれども、たいていはステージにとどまっています。



一般的なファッションのルーツをたどっていくことは困難です。1960年にイギリスの10代の若者たちによって着用されたショートスカートとブーツがいかにしてパリのファッション・ステージにあがったのか、あるいはいかにしてブルージーンズがアメリカで流行したのか、さらにはいかにしてヒップホップがブロンクスのストリートからロンドンやミラノのオートクチュールのファッションショウにもたらされたのか、誰も答えることはできません。



イギリスの服飾歴史家であるジェームズ・レーヴァーの言葉を引用すれば、「服飾の歴史を眺めてみると、どんな時代の衣装もその時代のアクチュアルな風潮に合致したものであることは明らかです」。いかにしてベル・ボトムのジーンズがデザイナー・ジーンズにうつろっていったのか、1980年代のブーツが1990年代にバギー風になっていったのでしょうか?誰もほんとうのことは知らないのです。



ひとたび認識されはしても、たちまち、ファッションは変化し始めるのです。

衣服は人びとを類別する

ファッションは明らかです。衣服はその人間がどんな集団に所属しているのかを表します。高等学校には“goths, skaters, preps, herbs”といった名前をもつ集団があります。スタイルはあなたがどのような人であるのかを示します。スタイルというのは集団との間に固定的な観念ばかりでなく相違をもつくり出すのです。たとえば、ビジネスマンはグリーンヘアで複数のピアスをした少年を変人や異端者とみるかもしれません。けれども他の人にとっては、その少年は厳格な国教徒に見えます。彼は反抗と独立のメッセージを伝える方法としてそのように装っています。ですから、同じ集団内ではそれはユニフォームなのです。あるスタイルを受容する、あるいは拒絶するというのはわたくしたちが生きている社会に対するリアクションなのです。


ファッションはそれを着ている人間の物語を伝える言葉でしょう。イギリスのトップファッションデザイナーのカザリン・ハンネットによれば「衣服というのはわたくしたちのすべてが理解できる言葉の要らないコミュニケーションの手段なのです」。ハンネットは“Choose Life” のような大きなメッセージをもって彼女のTシャツが複数のロックバンドによって着用にされるようになったときに一般に知られるようになりました。


わたくしたちが「着る」理由はたくさんあります。

・寒気、雨、雪からの保護:登山者は凍傷や露出を避けるためにハイテクなアウトウェアを着ます。

・身体的な魅力:多くのスタイルは「親近感」を鼓舞するために着られます。

・さまざまな情感:わたくしたちは幸せなときにはドレスアップしますし、気

 落ちした時にはドレスダウンします。

・宗教的な表現:オーソドクッスなユダヤ教徒は長くて黒いスーツをイスラム

 教徒の女性は彼女たちの目以外すべての肉体を覆います。

・帰属意識と伝統:裁判官はローブを、軍人はユニフォームを、花嫁は長くて

 白いドレスを着ます。


ファッションはビッグビジネスです。より多くの人びとが世界のどんなビジネスよりも衣服を買ったり、売ったり、作ったりすることに巻き込まれています。毎日、非常に多くの労働者がデザインし、縫い、接着し、染め、そして店舗に衣服を運んでいます。バスやビルボードや雑誌の宣伝がわたくしたちに何を着るべきか、意識的にあるいは無意識的にアイデアを提供してくれます。


衣服は政治的な武器として使用することも可能です。19世紀イギリスでは、フランスで製造された衣服を着ることを法律で禁じました。20世紀の共産主義革命期には、階級や民族の差別を廃止するためにユニフォームが着用されました。

ファッションを決めるのは誰? 

ミュージシャンやその他の文化的なアイドルたち、そしてそういった人たちばかりではなく政治家も王室もいつも、わたくしたちが着ているものに影響を与えてきました。
新聞や雑誌はヒラリー・クリントンが何を着ているのかを報道します。
最近、突然襲ったプリンセス・オブ・ウェールズ、ダイアナ妃の死は上流ファッション界にとっては痛烈なショックでした。
そこでは彼女の衣服が毎日のようにニュースになっていたのですから。


1700年代の民衆でさえ、最新のスタイルを知るためにファッション雑誌に夢中になっていました。
フランス宮廷からはずれたところにいる女性や裁縫師たちはそこで行なわれていることを知るために数々のスケッチを頼りにしていました。
有名なフランス王、ルイ14世は「ファッションとは鏡である」と言いました。
ルイ自身は彼のスタイル、すなわち大仰なレースやヴェルヴェットの流行に大いに貢献したのでした。