お母がいなくなってからお母の夢を見ない日はない。
でも夢じゃないと新しい姿、動いてる姿に会えなくて。
起きてるときは、記憶でしかお母は動いてなくて、夢だと会える。
そんな感じ。
だから、おかあとの出来事を忘れないように、見た夢を書きます。
あくまで私の記録用として。
夢でもお母は死んじゃう夢が多いんだけど、
一昨日、会社の編集室で居眠りしちゃった時に見た夢は、夢というか寝ぼけてる感じだけど。
ひなのことで、お昼寝した?とか私がばさまに聞いてたら
茶の間のドアをあけて、元気というか弱っていない。けどいつもの帽子と、いつものスウェットをはいてるお母が、ひなはどーのこーのって話してきたの。
それ見て、お母が一人で歩いてる姿久し振りに見たなぁ!
なんて思ったら、あ。もう死んじゃったんだっけ。って正気に戻って目も覚めた。
けど、夢でもほんとにお母の元気なとこやっとみれて、ほんとおかあに会えたって気がした。
悲しいより嬉しかった。
昨日も同じく、寝てるのか寝てないのかわかんないときに見た。
お母が車イスで車から降りてきて、
あれ!退院できたんだ!
なんて思って
「ほんとにいいの?」
って聞いたら、実際も寝言で言ったとたん目が覚めて、大ちゃんに心配された。
昨日も悲しかったけど嬉しかった。
夢だと声もちゃんと聞こえて、自然なお母に会える。
起きてて想像しようとしてもなぜか声もはっきり思い出せないの。
不思議。
これからも、お母に会ったら書こう。
でも私、びっくりするほど落ち込んでない。というか受け入れてる。
ずっと心の準備をしてたからか、まだ実感してないのかわかんないけど。
でも夢じゃないと新しい姿、動いてる姿に会えなくて。
起きてるときは、記憶でしかお母は動いてなくて、夢だと会える。
そんな感じ。
だから、おかあとの出来事を忘れないように、見た夢を書きます。
あくまで私の記録用として。
夢でもお母は死んじゃう夢が多いんだけど、
一昨日、会社の編集室で居眠りしちゃった時に見た夢は、夢というか寝ぼけてる感じだけど。
ひなのことで、お昼寝した?とか私がばさまに聞いてたら
茶の間のドアをあけて、元気というか弱っていない。けどいつもの帽子と、いつものスウェットをはいてるお母が、ひなはどーのこーのって話してきたの。
それ見て、お母が一人で歩いてる姿久し振りに見たなぁ!
なんて思ったら、あ。もう死んじゃったんだっけ。って正気に戻って目も覚めた。
けど、夢でもほんとにお母の元気なとこやっとみれて、ほんとおかあに会えたって気がした。
悲しいより嬉しかった。
昨日も同じく、寝てるのか寝てないのかわかんないときに見た。
お母が車イスで車から降りてきて、
あれ!退院できたんだ!
なんて思って
「ほんとにいいの?」
って聞いたら、実際も寝言で言ったとたん目が覚めて、大ちゃんに心配された。
昨日も悲しかったけど嬉しかった。
夢だと声もちゃんと聞こえて、自然なお母に会える。
起きてて想像しようとしてもなぜか声もはっきり思い出せないの。
不思議。
これからも、お母に会ったら書こう。
でも私、びっくりするほど落ち込んでない。というか受け入れてる。
ずっと心の準備をしてたからか、まだ実感してないのかわかんないけど。
震災から1年。
すごくすごく大事な日。
いまだに映像を見ると涙が出る。
そしてお母がいなくなってから一週間。
先週もすごく天気がよくてカメラもってくればよかった。なんて思ったくらい。
息を引き取るとき、私は目の前のことが受け入れられなくて過呼吸になってしまい
最後の最後はちゃんと見てあげることができなかった。
もう充分、ほんとにずっと苦しい中頑張ってきたから
頑張ってって言いたくなかったけど、やっぱりどうにか頑張ってほしくて、意識がなくてもいるだけでよかったからお願いだから頑張ってって言っちゃった。
私が病院についたときはもう会話できなかったけど、おとうが話したとき、お父が「ありがとな」って言ったら一生懸命首を横に振って「まだ」って頑張ってたみたい。
おかあはずっとずっと前向きで、どんなに痛くても辛くても泣いたときなかった。
荷物がいっぱいになったから、いらない服をまとめてたら
「それは退院の時着るからもってかないで!」
って退院する気まんまんだった。
お母に会いたい。
会わないのと会えないのでは違うね。
引き出物300くらい準備すればいいかなぁなんて話してたのに
お葬式の日には798人と、ほんとにびっくりする人数で、最高のお葬式になったよ。
友達も来てくれて嬉しかった。
おかあのきれいな姿見てほしかったから。
ほんとに可愛くて自慢のお母さんでした。

すごくすごく大事な日。
いまだに映像を見ると涙が出る。
そしてお母がいなくなってから一週間。
先週もすごく天気がよくてカメラもってくればよかった。なんて思ったくらい。
息を引き取るとき、私は目の前のことが受け入れられなくて過呼吸になってしまい
最後の最後はちゃんと見てあげることができなかった。
もう充分、ほんとにずっと苦しい中頑張ってきたから
頑張ってって言いたくなかったけど、やっぱりどうにか頑張ってほしくて、意識がなくてもいるだけでよかったからお願いだから頑張ってって言っちゃった。
私が病院についたときはもう会話できなかったけど、おとうが話したとき、お父が「ありがとな」って言ったら一生懸命首を横に振って「まだ」って頑張ってたみたい。
おかあはずっとずっと前向きで、どんなに痛くても辛くても泣いたときなかった。
荷物がいっぱいになったから、いらない服をまとめてたら
「それは退院の時着るからもってかないで!」
って退院する気まんまんだった。
お母に会いたい。
会わないのと会えないのでは違うね。
引き出物300くらい準備すればいいかなぁなんて話してたのに
お葬式の日には798人と、ほんとにびっくりする人数で、最高のお葬式になったよ。
友達も来てくれて嬉しかった。
おかあのきれいな姿見てほしかったから。
ほんとに可愛くて自慢のお母さんでした。

