組織「K」の正確な所属人数は、実は俺も知らない。
唯一知っているのは、組織をマネージしている「ジン」という人物だ。

彼は、実は自分の高校時代の同級生だ。
高校時代は名前こそ知っていたものの、話すことなど全くなかった。
彼の家が事業をやっていて、いわゆるボンボンであることと、秀才であるという情報以外には、全く持ち合わせていなかった。
要は、自分と違う世界のヤツだと思っていたのだ。

しかし、2浪中のある日、ヤツと再開することになる。
当時、あまりに暇な生活をしていたため、毎日のように、ほとんど通っていない予備校側の公園で、茂みにシートを引いて、昼は好きな読書をして、夕方からはあまり呑めない酒を飲み、そのままうたた寝をするという生活を送っていた。
今から考えれば、ホームレスのような感じだが、当時の自分にとっては意外と心地良かったのだ。

ある晩、うたた寝をしていると、なにやら騒がしい。
垂れた涎をすすりながら、軽く顔を上げると、3メートル先でけんかをしている。
最初は大して気にも止めず、「ほっとけばいい」という気持ちで再び眠りにつこうと思い、顔を下げようとした瞬間、街灯の光が金属に反射して、目に飛び込んできた。

「ナイフだ」と思ったのが先か。体が動き始めたのが先か。
酔っていいたため、いまでも思い出すことはできないが、気づいたときにはナイフを持った男の背後に回り、男の股間を右手で素早く掴んだ。
そして、掴んだ手を手前に引きながら、首を左手で支えるような形で掴み、前へ突き出した。
男は空中でへそを中心に回り、腹ばいの状態で地面に叩きつけられた。

すでにナイフは落とされていて、戦意喪失状態であったが、念のため再度股間へ蹴りを入れ、茂みにあるシートなどを片たした。
そして、男に襲われていた彼の元へ歩いていき、「じゃ、早く帰ろうか?!」といいながら、猛ダッシュで駅へ2人で逃げた。

目黒駅まで電車に乗り、近くの魚民に二人で入った。
彼は、まだ酷く怯えていたので、とりあえずウィスキーをストレートで呑ませた。
彼の興奮は次第に落ち着きを取り戻してきて、今回いきさつを聞いた。

彼はその日の夜、路上でOLが男に襲われ、廃墟の一軒家へ連れ込まれそうになっているのを目撃した。
直ぐに彼は大声を出し、男を威嚇した。男はそれに気づき、例の公園へ走って逃げ始めた。
彼は、男を追って、公園に入ったところで事態が変わってしまった。
男がジャックナイフを取り出したのだ。
ナイフを見た彼は、あまりの恐怖に「あー、」という大声しか出せなかったという。
後は、先に書いたとおりの展開だ。

後に分かったことだが、倒した男は、うめき声を上げて助けを求めているところを警ら中の警察官に発見され、保護されたらしい。
ただ、その彼は、集団暴行事件の容疑者と判明、逮捕された。

魚民でいきさつを語る中で、自分たちが同級生であることが分かった。
自分が同級生であることが分かると、気持ちが解放されたのか、自分の気持ちを吐露し始めた。
「自分はエリートとして、自分に厳しくやってきたつもりなのに、男一人倒すことができない。」
「社会正義は警察だけでは実現できない。自分も一市民として、それを実現させたいのに、全く無力だった。」
なんか、お坊ちゃんのエリートの戯言だと思って聞いていたが、いろいろと聞くうちに、なんか最近こんなことを平気で言えるヤツって、ある意味で貴重かもと思うようになっていた。

彼は柔道・合気道で黒帯を持っていたから、実は少々自信をもっていたというのだ。
よくありがちな話だ。けんかで殺される人というのは、武道経験であることが多い。それは、変な自信から積極的に戦ってしまうことにあるのだと思う。

俺は武道をマトモにならったことはない。小さい頃から弟や、同級生とけんかして、突組合いを学び、中学・高校では不良中高の女に手を出す度に、けんかをするという環境で、学んでいった。
そして、浪人中に風俗嬢と付き合ったときは、刃物の出したチンピラとけんかをした。

そんな中で会得したことは、戦うギリギリまで逃げ切ることを考えると言うこと。
普通に考えて、相手を殺すつもりがない限り、戦って得することは全くない。
相手が生きている限り、つねに身の危険度が上がってしまう。
だから、本当にやむを得ないレベルまで、いかにして逃げ切るかを考え抜く。
そうすると、副次的ではあるものの、自然と自分が有利なポジションを取るようになる。

万が一、逃げ切ることが不可能と判断したときは、逆に出来るだけ短期間に行動を起こして、相手を無力化(相手が物理的にも精神的にも再起不能な状態にする
or 殺害)するのがよい。

こういうことを書くと、拒否反応を示す人が多いが、ほぼ間違いなく逃げ切れない場合というのは、自分の大切な人を守らなくてはならなくて、かつ相手に十分な非がある(強盗・レイプ・殺人の未遂)場合なのだ。
確かに、法令に従えば、過剰防衛にあたるが、相手はそれを受けるだけの非があるのだから、致し方ないと考えている。(ただし、強盗は盗犯防止法により、心神喪失状態での殺人を容認している)

一通り話を聞き終えたところで、彼が俺に向かって、土下座した。
「頼む、俺を鍛えてくれ!」
そこから、彼との付き合いが始まった。
自分の名前はヤス。
一応、本業は、投資銀行のIT部門次長として働いている。
といっても、会社にはミーティングや内部統制の監査など必要な場合しか行かず、ほとんどは適当な公園とホテルと自宅に入り浸っている。

そして、副業というかボランティアとして、情報・工作を行うエージェントだ。
エージェントなんていうのは、なんか虚構の世界な感じがして、あまり好きな言い方ではないが、他にいい呼び名がないので、これで通すことにしよう。
実際に自分をエージェントと名乗ったことはないが。。。

ここで勘違いをしてもらっては困るが、決して日本やその他の政府の情報・工作機関のメンバーではない。もちろん、カルト宗教や企業、探偵の機関メンバーでもない。
自分が所属する機関(仮に「K」としよう。)は、志を同じにするメンバーが集まった勝手な機関なのだ。そう、はっきり言って非公然市民団体といったところだ。

自分たちでミッションを決め、それに基づいた情報収集・工作活動を行う。
子供時代にやっていたスパイごっこを大人になってやっているようなものだ。
ただ、子供の時代と違うことは、金があり、本当の情報収集・分析ができ、工作することができ、かつ政府やその他の機関を動かすことができる人脈をメンバーが持ってしまっている点だ。

それを生業とする本職として一流の人材がそろっている政府系の情報機関メンバーに比べれば、レベルは落ちるかもしれない。
ただ、その辺の「一流」探偵と呼ばれる人々のレベルが「赤子」レベルに見える程度に、メンバーは洗練されている。

犯罪、災害、テロリズム、民事上の問題、政治・・・あらゆる問題に対して、メンバーがその「力」を発揮できる範囲で連携して手を下す。。。それが、我々の組織「K」なのだ。
「ピピッ、ピクルル・・・」
ドラマ「24」でお馴染みのCTU電話の着信音が、携帯から鳴る。
最初、この着信音を同僚が使っていたときは、「ん、シスコのIPフォンの着信音かぁ。結構、マニアックだなぁ。」と思った。
「24」の存在は知っていたものの、見たことは無かったからだ。

「あぁ、今日も完璧な休日とはならなかった。」
携帯メールを見ながら、スリープ状態のノートパソコンを起動する。
今更言うことでもないが、今や現場で働いている社員の次に重要な部門はIT部門の人間だ。

自分が働いている投資銀行の連中で一番鼻っぱしが強いのは、ディーラの連中だ。
たしかに、彼らは我が社のかなりの利益をいわゆるマネーゲームだけで稼ぎ出している。彼らに言わせれば、「お前らがいい暮らしができるのは、俺たちのおかげ」というところなんだろう。
しかし、彼らは重大なことを忘れている。連中はITの力がなければ、ほとんど無力だということ。

10分でもネットワークがおかしくなれば、彼らは大損害を起こす可能性がある。
彼らにとって、PCやネットワークやサーバが常に安定的・高速に動いていることなど、空気中に酸素があることと同じくらいに普通なことだと思っている。

彼らはある意味で、幻想の世界で生きている。
我々プロのITエンジニアが最高の技術的戦略を立案し、最高の環境構築を行い、最高のプログラムコーディングを行い、最高のメンテナンスをしているからこそ、見られている幻想の世界で生きているに過ぎない。

事実、会社から独立し、または転職した連中と会って話せば、我社のIT環境がいかに現実離れした最良の状態であったかを得々と話してくれる。そんなことは話さずとも我々が一番知っている。

自分が27歳という若さで4000万円を超える収入を得て、かつ部門次長という立場に立てたのは、これら最高の環境を事実上一人で作り上げたことによる。
年間に数百億の利益を生み出すシステムを管理しているのだから、本来ならば、もっともらっても良さそうなものだが。

さらに、俺は、この手のエンジニアとして異例のコアタイムなしの完全フレックスタイムが許されている。基本的にネットワークが繋がり、緊急対応が可能な状態であれば、会社に出てくる必要はない。
普通、投資銀行のような外資系企業の場合、皆フレックスタイムであっても、きっちりと職場に出社する。なぜか?

それは、いつクビになるか、わからないからだ。
職場にいない間に、責任を負わされて、解雇されてしまう・・・そんな共産主義社会のような恐怖政治体制下がここにはある。

だが、俺にはそんな信条はない。自分の絶対的な力量をわかっているし、別にこの最高の環境を手放したとしても、まったく惜しいとは思わない。
必要ならば、ライバル会社へ移り、ここよりも最高の環境を作り上げることもできるし、東北地方の田舎に移住して、システムコンサルタントやればいい。
食うに困らない程度の仕事をしながら、好きなプログラミングをできればいいと思っているくらいなのだ。

だから、投資銀行部門にいる連中なんかからは、「数千万の給料をもらい、城山ヒルズに住んで、たまに会社に出社して、会社の名前を出せば、女が寄ってくる・・・そんないい生活を捨てられるのか?!」と言われてしまう。

彼らには本当のエンジニアの心など到底わかり得ないのだろう。
俺たちエンジニアは、「モノを創る」ことが何よりも生き甲斐なのだ。
皆ができない、不可能だと思っていることを工学的に解決する、これがエンジニアの唯一の信条なのだ。

本当は自分だってメーカーの研究所のようなところで、一日中工学的課題を考え抜く仕事をしたいと思っていた。
だから、そのやりたいことを押さえた代償としては、その程度環境は取るに足らないのだ。