むかしむかし、平成もそろそろ折り返しというころ、ある地方都市から車で1時間半ほど走った山のふもとに、年老いた母親と暮らす中年女がおった。

中年女には、東京に憧れる娘がおった。
学区で一番の公立高校に1時間以上かけて通っておったが、地元の旧帝大を目指すのが当然という雰囲気の中でも、呪文のように「東京に行きたい」と言っておった。

娘には大好きなミュージシャンがおったんじゃ。
東京に行って同じ空気を吸いたいという、純真無垢幼稚な性根の持ち主であった。

地元の旧帝大は、自宅から通うとなると、2時間半かかった。
そのため多くは、下宿を余儀なくされた。

 

娘は思っていた。

〝地元でも東京でもどうせ下宿しないといけないなら、東京でもいいじゃん。〟


一方、娘の母である中年女は複雑じゃった。
 

中年女は地元のスーパーで働いていた。
手取りは毎月16万円、ボーナスは10万円ほどだった。

年老いた母親は畑仕事をして家計を助けていたが、

一家の収入は中年女の双肩にのみかかっていた。

築120年の古家の補修も頭痛のたねだった。

亡き夫の生命保険500万円を娘の進学費用に充てようと思っていたが、
家計に煮詰まったときに取り崩しているうち、娘が年頃になるころには、半分ほどに減ってしまっていた。

それでも、奨学金を借りるだけ借り、200万円強あれば、地元の旧帝大くらいなら行かせられる――とふんでいた。

それなのに、娘は東京に行きたいと言い出したのだから、やけくそで「だったら東大」と言うしかなかった。

(つづく)