のほほんpクラブ観察記 -18ページ目

出稼ぎ必需品

bekoが、親のフィリピンクラブを手伝う時(通称 出稼ぎ)の必需品が、二つある。

まずは、「香水」。

ちょっと甘い香りがいい。「夜の蝶」?の気分を演出してくれる。

そして、「時計」。

六時から翌日の2時までの営業中に、酔わない為である。

自分の中では、12時を越したら、「飲んでもいい時間」である。

この時間調整を誤り、ハイペースに飲んでしまい酔っ払ってしまうことが、多々あった。

だから、時計は必要である。

ランキング集計日

ランキング集計は、父の担当である。

要は、フィリピーナタレントの成績である。

また、うちの店に呼ぶかの指針である。

細かく言えば、同伴の回数、オーダー、電話、指名、全て点数に計算して、10日ごとにベスト10をだす。

フィリピーナタレントさんにとっても、店での「自分の位置」が判る機会である。

今回は、12月20日から31日の分。

果たして一番は、誰だろう?

出稼ぎ終了

東京に帰ります。

仕事です。

昨日は、珍しく?私のことを指名のお客さまがいらしゃいました。

楽しくて、飲みすぎました。

ついつい中島みゆきの「ルージュ」歌いました。

水商売のいい歌です。

泣きたくなる歌です。。。

樽酒禁止令

去年のお正月までは、恒例の「樽酒」が出ていた。

しかし、去年から禁止になった。

理由は、フィリピーナタレント達の「ラシン」(酔っ払い)続出の為である。

彼女達は、きっと冷の日本酒が飲みなれないのでろう。

塩をツマミに、ぐいぐい飲んでいた。そして、だんだん酔って立てなくなり、営業時間中に、ぐでんぐでん。仕事どころではなく、介抱しつつ寮に強制送還が、何人か続いた。出稼ぎ中だったbekoは、介抱係になった。

酔って寮でファーストタイマー(日本初来日)のケイは、泣いていた。過呼吸になりながら「お母さんに逢いたい」と。

まだ20歳の女の子だった。

その声を聞きながら、介抱していた父と私は切なくなった。

年賀状

わがpクラブの寮に、フィリピーナタレントあてに年賀状が2枚届いていました。(beko一家も同居中)

1枚は普通の可愛いひよこのイラストの可愛いタイプ、もう1枚は何とタガログ語(フィリピンの言葉)で作成していました。その、お客様は普通の会社員の日本人の方です。bekoも知っています。

彼女だけのために?タガログ語で年賀状を作成した熱意に、私は驚きました。

なお、昨日の元旦の営業ですが、客足はスローペースでした。bekoもゆっくり飲んでいたつもりですが、やはりお正月疲れがでてきました。今日は、少しのんびりして夜に備えたいと思います。

仕事はじめ

あけましておめでとうございます。

本年もこの「のほほんPクラブ観察記」を宜しくお願いします。

さて、bekoの父母が経営するPクラブは、本日から営業です。

元旦には、何人のお客様がいらしゃってくださるか、出稼ぎ中の私はやや心配です。まあ、何とかなるとは思いますが。。。

それでは、「出稼ぎ」支度をして参ります。
いざ、本年の初出勤開始です!!

仕事おさめ

昨日は今年の店の仕事おさめ、bekoの出稼ぎおさめでした。

おかげさまで、非常に店は混みました。ありがたいことです。

まだ、bekoはくたくたですが、この場をかりて一言。

読者のみなさま、遊びに来てくれる皆様、コメント、TBをくださった皆様、
本年はありがとうございました。

来年も宜しくお願いいたします。

よいお年を!

いろんな視点で?

Pパブ関連ページの紹介です。

「フィリピンパブ、下っ端店員の独り言」http://blog.livedoor.jp/pogi_toshi/

名前の通り、Pパブ店員さんのブログです。

面白いです。オススメです。

空港への出迎え

今日は、うちの店で新しく働くフィリピーナタレントさんを某地方都市の空港へ、父とプロダクションの社長さんとお迎えに行ってきました。

当たり前ですが、羽田や成田空港に比べて?某地方都市の空港は小さく、すぐに彼女は見つかりました。bekoと彼女は、彼女が他の店に居た時に会った事があるのでスムーズに話せました。

帰りは店のママである母も合流して焼肉を食べて帰宅しました。

@写真は、彼女が持参した荷物です。半年の滞在にしては少ないのかな?
これから、増えるのでしょうか。

有名人?

某地方都市で14年間フィリピンクラブを経営するbekoの父母は、狭いこの町ではちょとした有名人である。

御飯を食べに行っても、温泉に行っても、買物に行っても、車を運転していても、店のお客さまに遭遇する。

東京出身のbekoには、信じられない事である。