いよいよ平成25年度がスタートしました。朝8時から出勤。自宅から車で約15分。7時30分すぎに学校に着いたら、既に数人の先生方が出勤していました。今日は校務分掌の発表の日。私はTT(ティームティチング)となり、4学年の担当になりました。そのほかに初任者研修の一部と日本語指導の担当になりました。予定通りかな。ほかの先生方はとても親切で今までいた学校の雰囲気とは全然ちがい、笑顔に溢れています。ここならストレスも少なく徐々に元気を取り戻せるかなあと思っています。給食は感染が心配なので、自前のお弁当とお茶を持っていっています。

 なかなかみんなと同じように仕事をするのは難しいので、だいぶ軽減させてもらっています。あすはまた朝から会議。疲れたので、もうめます。おやすみなさいzzzzzzzzz 

 明日から待ちに待った職場復帰です。発病したのが2008年12月・・・。あれから4年と3ヶ月の月日が流れました。度々の入院治療、救急車での搬送、父の死などいろいろなことがありました。それでもなんとかここまでたどり着けたのは奇跡近いことだと思います。

 

 最初の病院での抗癌剤治療時のミス(カテーテル挿入失敗)による移植適用外の通告、これは非常に辛かった。目の前が真っ暗に・・・。ショックでした。これによって深部静脈血栓症を抱えることになり、移植をしてくれる病院を探し当て、血管の中に永久フィルターを入れたまま都内の病院で移植。(成功率はわからないと言われた。なぜなら、移植適用外なので、どこの病院でもやらないから。でも、確率が出せないなら、生か死か、二つに一つと考えて50%と自分に言い聞かせて挑みました。)


 運良く姉とHLAが完全一致(フルマッチ)だったので、造血幹細胞移植を実施。多少は苦しんだけど、大きなGVHDに見舞われることもなく、20日ほどで白血球も復活。2ヶ月ほどで退院。そして3.11の東日本大震災。姉のところ(埼玉)にいて助かったけど・・・。それから数度にわたる入院。(免疫低下による感染症など)いろいろアップダウンを繰り返しながら、ようやくここまで回復しました。


 長い時間がかかったけど、生き延びたことにどんな意味があるのか、これからも考えながら生きていきたいと思います。


 今まで支えてくれたみなさんに、感謝、感謝、感謝です。

 大変長らくご心配をおかけしました。8月以来のUPです。実は入院してましたあ。     

いつも通り定期の診察のため、9月20に埼玉の姉の所へいきました。毎回前日にお世話になっているのですが、この日の夜のできごとです。


 夕食を食べ、午前0時頃にベッドにもぐったノですが、ガーン3時頃になるとなんだかお腹が張ってきて、痛くなってきました。最初は胃、次はみぞおち周辺、そして腸のあたりと広がっていき、最後はお腹全体が刺すような痛みに襲われていましたショック!時計を見ると午前5時。ついに絶えきれなくなって、救急車を呼びました。救急車といってもすぐには来ません。到着まで約20分(遅い!!)、最初の救急隊が住所確認やら症状の確認やらでまた20分、ようやく治療班のひとが来てそこからどこの病院へ運ぶか希望を聞かれました。当然今日が外来日だったので、都内のかかりつけの病院を希望したのですが、向こうが受け入れてくれないといけないので確認するといってまた時間が過ぎていきました。この間、意識はあるものの、強烈な痛みが絶え間なく襲ってきて、七転抜刀していました。どうやら救急隊は地元の病院へ搬送したいらしく、そちらに搬送するように交渉していましたが、

 「何かあったら、すぐに連絡するように主治医にいわれているので、そちらにお願いします!」とお願いしました。


 病名と病院名をいったら、にわかに対応が変わり、東京まで搬送することに決まりました。この時すでに5時30分。朝でも道が混んでいて約50分かかりました。胸には心電図のパット、腕には血圧計を装着されてもがいていました。時々激しい悪寒が走り、ヤバイときが数回ありました。何とか意識はあったもののとにかく黙っていられない痛さが続いていました。


 しかし大変なのはここから・・・。診察前なので、専門医がおらず、検査をして待つことに・・・・・(この間治療なし)。血液検査やレントゲン、呼吸器検査など検査で1時間ほど過ぎ、医師に診てもらったのは朝の7時30分でした。


 ようやく治療を施され、痛み止めのせい激痛は普通の痛みに・・・。

検査の結果は・・・・・・・再発か・・・・それとも・・・・不安で不安で・・・・・


 「大腸憩室炎です。」


と聞いたことのない病名でした。簡単に言うともともと大腸に憩室(へこみ)があり、免疫が下がっているときに、普段では感染することがない大腸菌が入り込んで炎症を起こしているとのことでした。しいかも同時に腹膜炎を併発。全治2週間の診断でした。・・・・・・再発でなくてよかったあ~。・・・・・・


 とまあ、ここからまた長い入院生活がはじまるとも知らずに、はしゃいでいたのでした。   続きはまた明日。