結婚と幸福論
友人の結婚式に行ってきました。
花嫁さんが素敵でした。
ウェディングドレス、いいですね♪
それよりも何よりも、幸せそうな女性は素敵です。
見ていると、こころがほんわかします。
なんていうか、よかったねぇ、よかったねぇ、とおばあちゃんのような気分です。
僕は幸せそうな女性が好きです。
だいたい、不幸せな女性は、何となく、見ていてわかります。
他人を近づきがたくさせる、何かがある。
「運のわるい奴も、嫌いなんだ。
大体、運の悪い女ってのにきれいなのはいないからな。
目の下に隈があったり、髪がざんばらだったり子どもを背負ったりしてよ。
・・・運のわるい女ってのはみんな腋の下がへんな匂いをしているよ」
というのは寺山修司の談ですが、
不運と不幸は、根本においてとても似ています。
それは、不運も不幸も、そのほとんどが本人の主観による、という点です。
自分に悪いことが起こったとき、それを自らの過ちとして受け止めるのか、
不運とするのか、「こんなこともあるさ」と気にしないのかは、
全く本人の度量と受け取り方、哲学の問題なのです。
不幸も、同じです。
自分が幸せであるか、不幸せであるか、
これは当人の受け取り方によるもので、状況によって変化する割合はあまりにも少ない。
よい友人、家庭に恵まれ、何不自由ない生活をしている者も時に不幸ですし、
日々の生活に困るような生活をしているその日暮らしの者も、時に幸せなのです。
まぁ、こんなことは当たり前なのですが、
要するに、感受性や信念によって、ひとは180°その立ち位置を変える、ということです。
幸せになりたいなら、そう思えばいいし、
幸運になりたいのなら、そう受け取ればいい。
ありきたりの幸福論ですが、これもひとつの正解です。
閑話休題。
実は、明日から中国に出張です♪
この忙しい中、正直面倒ですが、初の中国なんでそれなりに楽しめたら、って思っています。
こんな益体のないことを考えてるくせに、
明日の準備をまるでしていない自分に気がついたのは、
不幸なのか幸福なのか。
それも受け取り方次第ということで。
というか、心底どうでもいいですね。
かっぱ。
花嫁さんが素敵でした。
ウェディングドレス、いいですね♪
それよりも何よりも、幸せそうな女性は素敵です。
見ていると、こころがほんわかします。
なんていうか、よかったねぇ、よかったねぇ、とおばあちゃんのような気分です。
僕は幸せそうな女性が好きです。
だいたい、不幸せな女性は、何となく、見ていてわかります。
他人を近づきがたくさせる、何かがある。
「運のわるい奴も、嫌いなんだ。
大体、運の悪い女ってのにきれいなのはいないからな。
目の下に隈があったり、髪がざんばらだったり子どもを背負ったりしてよ。
・・・運のわるい女ってのはみんな腋の下がへんな匂いをしているよ」
というのは寺山修司の談ですが、
不運と不幸は、根本においてとても似ています。
それは、不運も不幸も、そのほとんどが本人の主観による、という点です。
自分に悪いことが起こったとき、それを自らの過ちとして受け止めるのか、
不運とするのか、「こんなこともあるさ」と気にしないのかは、
全く本人の度量と受け取り方、哲学の問題なのです。
不幸も、同じです。
自分が幸せであるか、不幸せであるか、
これは当人の受け取り方によるもので、状況によって変化する割合はあまりにも少ない。
よい友人、家庭に恵まれ、何不自由ない生活をしている者も時に不幸ですし、
日々の生活に困るような生活をしているその日暮らしの者も、時に幸せなのです。
まぁ、こんなことは当たり前なのですが、
要するに、感受性や信念によって、ひとは180°その立ち位置を変える、ということです。
幸せになりたいなら、そう思えばいいし、
幸運になりたいのなら、そう受け取ればいい。
ありきたりの幸福論ですが、これもひとつの正解です。
閑話休題。
実は、明日から中国に出張です♪
この忙しい中、正直面倒ですが、初の中国なんでそれなりに楽しめたら、って思っています。
こんな益体のないことを考えてるくせに、
明日の準備をまるでしていない自分に気がついたのは、
不幸なのか幸福なのか。
それも受け取り方次第ということで。
というか、心底どうでもいいですね。
かっぱ。
霜月におもうこと。
こんばんわ。よしかわです。
深夜に失礼します。
最近のJoyは、なかなか忙しくなってきまして
バタバタな日々を過ごしておりますが
なんとか頑張っております。
ただ、社長の咳が止まらないことが
気がかりです。苦笑
さて、先日メンバーでごはんを食べに行きました。
10月の〆会として、ぶたしゃぶ食べに行ってきました。
そばつゆで食べるぶたしゃぶです。
たまには、こういう席でメンバーとお話しするのも
いつもと違った雰囲気で
いろいろな意見が出るので楽しいですね。
Joyはもうすぐ設立1年が経とうとしてます。
あっというまでした。
いろんな方に助けて頂いたこと、
それに対しての感謝の気持ちは
いつまでも忘れないようにしていきたいです。
「ありがとう」
って素直に思える人で
いたいです。
いつか恩返しができるように
がんばっていきます!
今後ともよろしくおねがいいたします<(_ _)>
深夜に失礼します。
最近のJoyは、なかなか忙しくなってきまして
バタバタな日々を過ごしておりますが
なんとか頑張っております。
ただ、社長の咳が止まらないことが
気がかりです。苦笑
さて、先日メンバーでごはんを食べに行きました。
10月の〆会として、ぶたしゃぶ食べに行ってきました。
そばつゆで食べるぶたしゃぶです。
たまには、こういう席でメンバーとお話しするのも
いつもと違った雰囲気で
いろいろな意見が出るので楽しいですね。
Joyはもうすぐ設立1年が経とうとしてます。
あっというまでした。
いろんな方に助けて頂いたこと、
それに対しての感謝の気持ちは
いつまでも忘れないようにしていきたいです。
「ありがとう」
って素直に思える人で
いたいです。
いつか恩返しができるように
がんばっていきます!
今後ともよろしくおねがいいたします<(_ _)>
にゃこなこ 観念的なこと
実家のねこがかわいくてたまらない、せいはです。
こんにちわ。 観念的なお話について。 僕は、観念的なお話ができる人が好きです。
日常と関係のないところで、いかに想像力を働かせてお話をするか、
それができる人は、エンターテインメントを考える力を持っている人であり、
人を楽しませることの大事さを知っている人だと思います。
たとえば、「人を殺すのは絶対悪か?」ですとか、「食文化の発達の重要性はどこにあるのか?」ですとか、
くだらないことでいいんです。 日常と関係ないことでいいんです。
極論でいい、持論でいいんです。
でも、それを話すには、 ひとつひとつに、きちんと自分の意見をもっていて、
それを理路整然と説明できる能力 が必要です。
歳を重ねていくごとに、また、せわしない日常に埋没していくうちに、
僕らは次第と、想像力を働かせなくなる。
日常の、膨大で瑣末なことの下敷きとなって、
古びた消しゴムのように、角が丸くなってすりへっていってしまう。
それが、たまらなく嫌です。
だから、くだらない、観念的なことを語ろう! というのが、今回の僕の主張です。
その中でまた、斬新なアイデアや、今まで知ることがなかった自分自身を
発見できるかもしれませんし
ね♪