株式会社Joy 童話作家社長が綴る日々のあれこれ -2ページ目

結婚と幸福論

友人の結婚式に行ってきました。

花嫁さんが素敵でした。

ウェディングドレス、いいですね♪



それよりも何よりも、幸せそうな女性は素敵です。

見ていると、こころがほんわかします。

なんていうか、よかったねぇ、よかったねぇ、とおばあちゃんのような気分です。



僕は幸せそうな女性が好きです。

だいたい、不幸せな女性は、何となく、見ていてわかります。
他人を近づきがたくさせる、何かがある。


「運のわるい奴も、嫌いなんだ。
大体、運の悪い女ってのにきれいなのはいないからな。
目の下に隈があったり、髪がざんばらだったり子どもを背負ったりしてよ。
・・・運のわるい女ってのはみんな腋の下がへんな匂いをしているよ」

というのは寺山修司の談ですが、



不運と不幸は、根本においてとても似ています。

それは、不運も不幸も、そのほとんどが本人の主観による、という点です。


自分に悪いことが起こったとき、それを自らの過ちとして受け止めるのか、

不運とするのか、「こんなこともあるさ」と気にしないのかは、

全く本人の度量と受け取り方、哲学の問題なのです。



不幸も、同じです。

自分が幸せであるか、不幸せであるか、

これは当人の受け取り方によるもので、状況によって変化する割合はあまりにも少ない。

よい友人、家庭に恵まれ、何不自由ない生活をしている者も時に不幸ですし、

日々の生活に困るような生活をしているその日暮らしの者も、時に幸せなのです。


まぁ、こんなことは当たり前なのですが、

要するに、感受性や信念によって、ひとは180°その立ち位置を変える、ということです。


幸せになりたいなら、そう思えばいいし、

幸運になりたいのなら、そう受け取ればいい。


ありきたりの幸福論ですが、これもひとつの正解です。



閑話休題。

実は、明日から中国に出張です♪

この忙しい中、正直面倒ですが、初の中国なんでそれなりに楽しめたら、って思っています。



こんな益体のないことを考えてるくせに、

明日の準備をまるでしていない自分に気がついたのは、

不幸なのか幸福なのか。



それも受け取り方次第ということで。

というか、心底どうでもいいですね。


かっぱ。

霜月におもうこと。

こんばんわ。よしかわです。
深夜に失礼します。

最近のJoyは、なかなか忙しくなってきまして
バタバタな日々を過ごしておりますが
なんとか頑張っております。

ただ、社長の咳が止まらないことが
気がかりです。苦笑

さて、先日メンバーでごはんを食べに行きました。
10月の〆会として、ぶたしゃぶ食べに行ってきました。
そばつゆで食べるぶたしゃぶです。

株式会社Joy 童話作家社長が綴る日々のあれこれ-ぶたしゃぶ

たまには、こういう席でメンバーとお話しするのも
いつもと違った雰囲気で
いろいろな意見が出るので楽しいですね。

Joyはもうすぐ設立1年が経とうとしてます。
あっというまでした。
いろんな方に助けて頂いたこと、
それに対しての感謝の気持ちは
いつまでも忘れないようにしていきたいです。

「ありがとう」
って素直に思える人で
いたいです。

いつか恩返しができるように
がんばっていきます!

今後ともよろしくおねがいいたします<(_ _)>

にゃこなこ 観念的なこと



実家のねこがかわいくてたまらない、せいはです。

こんにちわ。 観念的なお話について。 僕は、観念的なお話ができる人が好きです。


日常と関係のないところで、いかに想像力を働かせてお話をするか、

それができる人は、エンターテインメントを考える力を持っている人であり、

人を楽しませることの大事さを知っている人だと思います。



たとえば、「人を殺すのは絶対悪か?」ですとか、「食文化の発達の重要性はどこにあるのか?」ですとか、

くだらないことでいいんです。 日常と関係ないことでいいんです。

極論でいい、持論でいいんです。

でも、それを話すには、 ひとつひとつに、きちんと自分の意見をもっていて、

それを理路整然と説明できる能力 が必要です。



歳を重ねていくごとに、また、せわしない日常に埋没していくうちに、

僕らは次第と、想像力を働かせなくなる。


日常の、膨大で瑣末なことの下敷きとなって、

古びた消しゴムのように、角が丸くなってすりへっていってしまう。


それが、たまらなく嫌です。



だから、くだらない、観念的なことを語ろう! というのが、今回の僕の主張です。


その中でまた、斬新なアイデアや、今まで知ることがなかった自分自身を

発見できるかもしれませんし

ね♪