1960年に日本社会党委員長の浅沼稲次郎が右翼の少年山口二矢に刺殺されるという事件があった。
当時の言葉でいえば暗殺、今の言葉でいえばテロだ(あんまり変わらんか・・・)。
この犯人は「少年」だった。当時17歳である。そのことは覚えていた。
しかし、今日この記事を書こうと思うまで、わたしはこの事件を戦前の事件だと思い込んでいた。
ところがちょっと調べてみると実際には、学生運動盛んなりし頃、まさに1960年のことだった。
驚いた、というか自分の思い違いを恥じた。
ここで、不謹慎ながら、いまのみずぽを暗殺しようとするやつがいるだろうか、と考えて
失笑とも落胆ともつかない思いに駆られた。
いや、Cだろうが、管だろうが鳩山だろうが、小沢だろうが(そのほかもろもろ)
いまこの日本で暗殺されることで世の中に衝撃を与える政治家がいるだろうか。
やれやれ。
さて、一方で最近の日本では、若者が元気がないと言われる。
いわく、これだけ世代間格差があるのに抗議もしなければデモもやらない。
人口の年代別構成率の上でも少ないのに、さらに悪いことに投票率も低い。
絶望が絶望を呼ぶだけなのだが、今一度ここで確認したい。
政治家というものは、民衆の意思を"集約"する「仕組み」である。
それがどこまでいっても"集約"である限り、多数決の原理は覆らない。
とすれば、高齢者が若年者に勝つのは必然であって、
これはどこまでいっても、若者にとっては負け戦である。
では、高齢者が「自分たちの利益ばかりを優先していてはこれはまずい!!」と思い直すにはどうすればいいか。
「社会を構成していることになっていても、そのじつ、構成していることにはなっていない(つまり、これまで価値を生み出していなければ、今も生み出していないような)有権者を効果的に削減していく」ほかない。
「で、それはどのようにして?」とな?
それなりの規則やルールを作るのが平和的な解決ではあるがもうそんなことで収められる程、日本に余裕はないだろう…ツケは必ず廻ってくる…いつか武器を持ち若者と老人が争う時代が来るかも知れないな。
報酬が貰えるから一生懸命働く人がいる…

借金があるから一生懸命働く人がいる…

私はそのどちらでもない…食う為生きる為に働いてるわけで仕事に生き甲斐も感じない。

自由ってなんだろう毎日家で独りごろごろ…遊ぶ金も習う金もないし置いてあるゲームは飽きてしまった。

随分つまらなくなってしまった…だからといって勉強や仕事をしたい訳でもないが…

…覚えたくないし
…したくもないし
…めんどうだし

そういのがわかってるからやりたくないんだな…要は努力がしたくないのだ…

また
…ミスは恐い
…責められたくない
…責任は持てない

追加するならこんなところか…

何かに執着し、夢中になれることは羨ましい、才能があるのならなおさらだ…
私には何もないし、やらせてすら貰えない、金も無いし環境もない…自分から何かしようと思わない限りは多分何にもしないだろう…

私みたいな奴は借金でも背負った方がいいのかもしれない…そうすれば少しは必死になるだろう…