私は、頑張っている人が好き。頑張っている人を見ると勇気がもらえる。


少し前のことですが、職場で仲良くしてくれているイアン(言語学者)は、教える以外に、「HDからPhD」(「High DiplomaからDoctor of Philosophy」の略ですが、「Head DamageからPermanent Head Damage」という自虐も含んでいるそうです)自分が博士になるまでの歩みを語る本を書き始めている。



彼の頑張っている姿を見て、こっちはただ毎日大学の事務に追われてあっという間に過ぎていく日々・・・。このままじゃだめだと思って、博士を目指すようになった。

「この業界(大学)ってさ、結構厳しいから、ハイディさんも早く博士を履修したほうがいいと思うよ。俺にできることがあったら助けるし」って励ましてくれた。そうだね、わたしも博士を頑張ってるって言いたい!



しかし、それは想像以上に難しい。

香港では博士は基本的にフルタイムで履修するものだと認識されているし、大学の事情もあって実際にはパートタイムの募集ははっきり言ってない。(申込書には「パートタイム」という選択肢が一応あるけど、届いた瞬間にポイ捨てされるという噂を聞いたことがある 笑)

もっと現実的なことを言うと、博士を卒業してもランキングに精一杯の香港の大学で職を見つけるのは厳しい。マンションを買っちゃっている私には、リスクの高い選択だ。


それでもあきらめなかったわたし、自分なりに研究をしたり、学会発表にも出たりした。少しずつ積もってきた経験で研究計画書を一生懸命に書いて、昔教えてくださった先生に推薦状を書いていただいて、博士(パートタイム)の申請をいくつか送ってみた。ここまで来たらたぶん何か起こりますよね~。


残念ながら、奇跡は起こりませんでした。返事は1件もなかった。

凹み過ぎて占いまで行ったんっす(汗)


ずっと、自分がどの辺がうまくいってないのかを考えたんだけど、「博士を履修する→いい先生になる」っていう矢印にしても、実際には・・・



博士卒業(仮)

どの道を選ぶ?ランゲージインストラクター?教授?

研究分野が日本語教育とどう関連していく?


研究成果を学生にどう教える?(Researchers & Practitionersのギャップですね)


とかいう、もう考え出したら無限に存在するステップがあるわけだが、わたしはただ博士を目指すことにした。

これはもう、思い描いているような花嫁さんへの夢とか憧れとか、ついつい、「結婚したい」と「結婚式がしたい」を混同してしまいがちな女性の思考回路とまったく一緒。これから、生活の(家事や育児や家計のことなど)すべてを無視するんだね、わたしって。





これを考え出した後、なぜかスカッとした気持ちになった。

わたしが今頑張っていること、あるいは頑張るべきなのは、「慌てずに自分のペースで歩こう」かな?



追伸:去年の11月に、ついに教育博士を履修し始めた。(イギリスの大学で、ちょっとディスタンスラーニングみたいな形で)


やはりアウトプット(学生に知識を教える)ばっかりじゃだめ!もっとインプット(学生になってもっと知識を身につける)がほしい!と考えています。


少しずつでいいから成長していこう☆



国立名門と呼ばれる中学校に通っていた。誰もが弁護士か会計士を目指す環境だったため、わたしは「中文大学の日本研究学科を第1志望にしている」ということを打ち明けることができなかった。聞かれるたびに「法律学科を選んでみた」という嘘をつき、みんなと「夢」を追いかけながら懸命に勉強した。


公開試験の成績がよかったので順調に中文大学に入学した。見事に会計学科に入った親友アイビに、「あきらめんな!試験落ちたけどもしかしたら将来日本語を生かしてビッグになれるよ」と励ましてもらった。わたしは何も言えず、ただただ、苦笑いしてた。


そんな中、わたしは中学校時代の親友達を離れ、日本語の世界に入った。そして、大学年の日本学生支援機構から奨学金を獲得し、名古屋一年間の短期留学をした。大学時代の日本語勉強、そしてこの1年間の留学を通して、日本語力を伸ばすだけに留まらず、香港とは異なる文化を体験し、国際視野を育てたと思える。卒業したら速攻で『良品計画』に採用されたのも、このおかげだと確信してます。


ある日、同窓会で久しぶりに中学校時代の友達に会えた。知らないうちに3人の公認会計士と、1人の会計検査官と、1人の投資銀行の投資顧問か何かわからない専門職に囲まれて座っている。席上では経済用語や業界の裏話ばっかりだった。


「今年景気よくないからボーナスが20ヶ月だけだよ」

「税金払ったらボーナスなくなるし」

「○○さんって同期でしょう?今度パートナーに昇進するって」

「パートナーが背負う売り上げっていくらだっけ?800USドル?」


金で人の価値が決まるわけではないが、資本主義社会ではある程度賃金や身分がその人の能力を表すのである。自分が就職してから6年目だけど月給が$14,450ということを考えると、さすがに早く帰りたくなった。


実際に帰ろうかなと思ったら、遅れてきた中学校時代の親友、アイビが入ってきた。アイビは私を見ると、「ハイディー!久しぶり!」と叫びながら私の手を取り薄暗い隅に引きずり込んだ。


「最近何してるの?」と聞かれた。

わたしは迷ったあげく、「日本語学及び教育学という修士課程を履修している」と唯一自慢(?)できることを言った。そう、コンプレックスで人にどう見られるのかが怖くて仕方がないわたし、中学校以来何一つ成長していない。


すると彼女は、「あの時何で嘘ついたの?」と言った。

えっ?嘘じゃないよ。わたしは本当に日本語を磨きたくて働きながら夜中文大学に通っている・・・ん?あの時?

彼女は、「わたし後で知ったのよ、公開試験の成績がクラスで2位だってこと。あの時香港大学の法律学科を選んだら余裕に入れたでしょ。」と話を続けた。


「でも、これから日本語教師になるよね」と中学校時代と変わらない笑顔で言われた。「わたし、言ったでしょ。日本語を生かしてビッグになるって!」


修士課程を始めたころは日本語教師になると思ってなかったけど、なぜかじーんとくるものがあった。


その次の日、わたしは城市大学の日本語インストラクターに応募した。まだ修士卒業してないのに応募したのはわたしだけ。そして採用されたのもわたし一人だけ。アイビの言葉には魔法がついてるのかな?


2007年の夏。


わたしは日本語教師になった。














今日から、マイホームに関するすべてのこと、ここに記録したいと思います。


ここが一番くつろぎの場所だからかなニコニコ


誰もわたしのこと知らないし♪



香港から来ましたハイディです。喪女だけど、お洒落だってしたいもん!


購入したのは先月の17日。


その後、手続き金を払ったり、弁護士と打ち合わせしたり、家具や電機用品を探したりしてたけど、なぜかあまり「家を買ったぞ!」って実感できていない得意げ


でもそうやって「田土庁」のホームページを見て、マイホームの値段、アドレスなど載せられることですごい奇妙な感じする 笑


12月3日に手に入れるヨドキドキ