去年の10月色々崩壊した。色々限界だった。友達のわがままにも、人の冷たさにも、そしてなにより孤独にも。結局本当に話を聞いて欲しくて、怖くてそんな時助けてくれる、助けてくれようとした人なんて誰もいなっかった。訂正。助けてくれたかもしれない人はいたけど求めなかったから結果としていなかった。本気で死にたかった。死のうと思った。
薬いっぱい飲んだ。飲んでる途中で失敗だって気がついた。もう死ぬのは諦めてまた元に戻ろうって決めた。でも、時間がたつにつれて、状態が思ったよりはるかに悪くなった。すごく苦しくて何時間もそうしてたら頭が麻痺してきて理性よりも本能のほうが強くなった。早く解放されたくて救急車を一人で待つのが怖くて結局1番頼ってはいけない人に頼った。あとはみんな近くにいなかったから。
結局来てくれたのは、電話の2時間後だった。なんで、なんで死にそうなのに、なんでここまでしても、なんでここままで来ても、それでも助けてくれないの?そう思った。最も死ぬと思ってなかったのかもしれないけど。私の命よりサークルの方が大事なんだな、って思った。その頃には一時的に落ち着いて、あ、またかって思った。いつもそう。いつもタイミングが悪い。わかってくれそうな相手の前では失敗しないのにわかってくれない相手の前ではやらかす。
でも歩き始まったら案外フラフラしててびっくりした。救急車が到着して色々聞かれた。正直何もしゃべりたくなかった。落ち着いたと思ってたけど結局しゃべるまでは苦しかったから。かなりあてつけ気味に大声でしゃべった. . .つもり。でもだんだんにまた怖くなって最後の方は半分パニックだった。最後わからない!って叫んだことhが覚えてる。となりで友達が笑ってた。明るく楽しそうに救護の人と話してた。自分はパニクってたし苦しかったから気にはならなかったけど。最も見た目は相当穏やかだったと思うけど。救急車の中は途方もない不安でいっぱいだった。救護の人たちが優しかったことは救いだった。厳しいこと言っててもねは優しい。
病院についてそしたらもう喋れなかった。苦しいとかそういうのじゃなくて口が開かなかった。治療自体は自分が見た限りだと検査、投薬、点滴っていう簡単なものだったけど、1時間以上治療されてた。脈と呼吸が弱ってた。それは見た目おとなしいわけだ。検査結果を待つあいだレントゲンとったけどその時は完全に立てなかった。座るのは平気だったのにね。1番酸素マスクと点滴と投薬やって次の日の朝には引退。たいした検査やってないのになんと請求?。これは貯金でお金返すしかないなと思った。下調べしたけど意味なかった。結局そのあと保険聞いたからかなり戻ってきたけど。保険大事。
しばらくして診療内科にも通った。そこで自分の病気と今まで私が抱えてきた違和感の原因がはっきりした。結局治療は失敗だったけど、その先生が間違ってたわけでも力不足だったわけでもなくて、それが現状なのだ、とわかった。もちろんもっといい先生のところで適切に治療をうけることができないことはない。ただ今はそれをしている時間がないし、今のところ焦って行く必要がないからできない。
10、11、12月日が経つにつれてだんだんひどくなった。12月は本当に大変だった。私の状況をわからない友達が多くてみんな普通に接してくれたのはありがたかった。きっと自分が普通の時しか近づかなっかったから分かりっこない。そもそも自分の家族とか本当にそこまで近くないと理解するのは無理だと思うんだ。でもね理解できなくても理解を示してくれたからそれで十分嬉しかったよ7210年の数人。逆にわかる子達は本当に優しかったこともありがたかった。この子達は同士。自分が普通でいられない時の居場所になってくれた。治ると信じて飲んでいた薬のせいで本当に頭が壊れてしまった。毎日泣いて喚いて暴れて物や人にこそ当たらなかったが爪で腕を血が出るまで引っ掻いたり冷たい湖に何度も入ったり。親にも何度も殴られた。私もお母さんもお父さんも必死だった。
病院に通うのをやめてなんとか持ち直して学校にも普通に通えるようになって、でも相変わらずうちの中ではひどかった。常に泣いて喚いてはしなくなったけど、毎日毎日不安だった少しでも気に入らないと色々な手段を使って親を困らせた。冬休み、テストのことを考えるだけで嫌気がさした。みんな同じとか言われたくない。そのみんな同じの嫌気は知ってる。とても勉強できる状態じゃなかった。何を思ったかやめる目標のテストが終わるまでではなくもう学校はやめていいと言っていたお母さんができるだけ勉強してテストを受けるように頑張り始めた。当然私は嫌がった。泣いて泣いて、でもお母さんはゴメンねって言いながら私に勉強させた。テスト期間中もその前もイオンに連れていってもらったりお散歩しながらだったけど。そうしないとやってられなかった。トイレから出られなかったこともあった。そんな状態だったから当然単位は落としてるしもうどうしても嫌になった学校をやめると親も叔母も自分を見守ってくれた人はみんな思ってた。
春休み中はテストが終わってほっとしたのと、この先どうしていいかわからなくて複雑だった。でもテスト結果開いたら全部単位取れてて気分良くなって結局継続。これには当たり前だけどみんな驚いた。
で、今。今も不安だらけ。でも難しく考えないというスキルを身につけました。自分が努力できなかたことに対してとか色々できなかったことに対してあんまり落ち込まなくなりました。将来のことも難しく考えてパンクしそうになっても開き直るというスキルを身につけたため、そこそこ気楽に生きてます。周りに理解を示してくれる友達もいますし、最近でもないかな?留年をしたことで出会えた友達もいるので。でも本当に抜け出すまでにはもっとかかりそうです。まだ凄く楽しいって感情を失ったままです。でもなんとなく何年単位でかかるのがわかってる気がするので焦らないで徐々に進んでいきたいです。そしていつも自分を支えてくれる周りの人や友達への感謝を忘れずにいたいです。