
2012年12月29日(土)
このところのソウルの気候は、三寒四温ならぬ五寒二温らしいのだが、ただでさえ家に引きこもりがちで運動不足のなか、零下5度くらいまでの寒さであれば出来るだけ外に出て1時間ほど散歩することにしている。
髭もちゃんと剃らず、ところどころほころびた服を着の身着のまま、履き古して穴のあいた革靴や安物のリュックサックを肩にかけてぶらぶら歩いていると、異様な風体の人間がやって来たとばかりに怪訝な表情を浮べる通行人も多いが、異国に住むことの特権とも言うべき無責任さと無頓着さとをいいことに、私は他人の目など気にせず、あえて薄汚い格好をして散歩に出ることにしている(なによりもそれが私には一番自然で快適だからだが…)。
家から5分も歩くと、以前も少し採り上げた、今も「世界中を席捲し続けている」らしい韓国人歌手の歌(★)にうたわれている江南(강남 カンナム)をはじめ、日本の韓流ファンなどにお馴染みの高級ショッピング街である狎鴎亭(압구정 アプクジョン)や清潭洞(청담동 チョンダムドン)などを擁する「世界の一流都市」カンナム区に足を踏み入れることになる(ちなみにバスや地下鉄で行けば大して時間のかからないこれらの地域に、全くの場違いである私は一度も立ち寄ったことがないし、特別な用事でもない限りこれからも行くことはないだろう)。
《★とはいえ待望のBillboardの1位には届かないまま大きく後退し続けており、Billboard選出の年間ベスト曲などの結果でもパッとせず、期待していたはずのGrammy賞の候補にすら入らなかったようである。Youtubeの再生回数は10億回を超えまだまだ続伸中らしく、ということは全世界の人間の7人に1人は見た勘定になるが、インターネットなどを使えない人や幼児、重病人など、そもそも視聴できない環境にある人間を除いたら、果して何人に1人が再生したことになるのだろう。
そしてそこまで人気があるというのに、たかだかアメリカ国内の音楽チャートに過ぎないBillboardで1位を取れないのは一体全体どうした訳なのか、私にはさっぱり理解できない。いずれにしても能天気な韓国メディアも大統領選などもあってさすがにこのところは大人しくなってきており、たまたまヒットしたもののすぐに忘れ去られるだけの曲であることは間違いないだろう。》

もっとも私の住む庶民的な街に隣接していることもあって、このカンナムは「高級な」カンナムとは共通点などほとんどないに違いない「庶民的」カンナムである。ところどころに巨大なアパート群もあるし、東西に流れる川(양재천 ヤンジェチョン 良才川)を越えて北上すれば最初に掲げた写真にあるような高層ビルも聳え(★★)、バスに10分かそこら揺られさえすれば「世界都市カンナム」にも行くことが出来るが、このあたりの通りに隙間なく立ち並んでいるのはお世辞にもはやっているとは思えない飲食店や商店であり、しかし同時に韓国のどの街でも見られるような大多数の庶民が生活している場所でもある。
《★★ 上の写真はカンナム区のウェブサイトや街なかに掲げられている「世界のなかのカンナム」をうたったポスター。私訳では「国際会議開催最適地、国際ビジネスのための最上の地域として整えなければならない各種のインフラを充実・整備させ、世界の中心江南として成長させていきます」》





そして私が最近このお隣の区を散策していて「発見」したのは、上の写真にあるバラック(판자집=パンジャチプ)集落である。
一つ目の集落は、一番最初の写真にある高層ビルからヤンジェ川ひとつ隔てたほぼ反対側の川沿いにあり、2つ目の集落(下の写真)はそこからもっと郊外寄りに南下した飲食店や商店が軒を連ねている一角にひっそりと佇んでいる。
これらの集落に住む住民はほとんど最底辺の低所得者層であり(★★★)、カンナムやアプクジョンに住む高所得者層とは完全な対照を成している。下の写真にもある通り、イメージ改善のためか最近ではバラックの壁に絵が描かれていることが多く、むしろ私はこの絵によってこれらの集落の存在に気付いたと言ってもいい。
《★★★住民の多くはダンボールや新聞紙などの古紙・排紙や屑などを売って生計をたてていると言われているが、この区画に住んでいる人すべてがそうしたギリギリの生活を強いられているやむにやまれぬ低所得者層なのかどうか、インターネットで情報を収集しているだけの私には断定する術がない。ひねくれた見方をすれば、行政に対する「闘争」や「運動」のために此処の住民であることを「利用・活用」している人がいる可能性を完全に排除することも出来ぬかも知れない。》



こうしたバラック集落は、低所得者層などの援助を呼びかける人権保護・慈善団体や宗教家、韓国における大企業への富の集中や国民間の貧富格差拡大などを問題視して改善を求める労働運動団体や反体制活動家などにとっては象徴的な場所ともなっており、インターネットでちょっと検索しさえすればこれらの地域の現状を紹介し、支援や理解を求めるウェブサイトや記事が数多く見つかる。
特に最初の포이동(ポイドン=浦二洞。ただし現在は別名称に改称)にある「再建の村」では昨年9歳の子供の放火による火災が起き、約100世帯中80世帯近くが焼失するという災害に見舞われたことでも大きな注目を集めたようである。しかしその際も住民の多くは、一時的にではあれこの村を出てしまうと、この土地を所有するソウル市によって焼け残った住居すら強制撤去されてしまうことを恐れて他地域への避難に応じず、焼け跡に設けられた仮設テントに留まり続けたという。
インターネットの(一方的で偏りのあるだろう)情報によれば、もともとこの集落は1981年に国によって強制移住させられた45人を始まりとして、カンナム一帯の開発による「撤去民」が少しずつ受容され形成されていった場所らしい。その後「行政区域の変更などによって」(という説明が見られるのだが、正直私には意味がよく分らない)此処の住民たちはソウル市の所有地を不法に占有していると見なされるようになり、住民登録が抹消された上に25億ウォン(あるいは「総額47億ウォン」との記載もある)という土地弁償金を課せられたそうである。後に住民たちは強制移住の事実を認めないソウル市当局に対して訴訟を起こし、その結果、住民登録はふたたび行われるようになったものの、彼らが強制移住させられたという事実の認定と、不法占有という言いがかりや弁償金の撤回とを勝ち取ることはできなかったとのことである。
上記のように「国際都市」や「一流都市」を標榜するソウル市やカンナム区当局としては、思いがけず(運良く?)起きた火災でバラックの多くが焼失してしまったのをこれ幸い、ソウルの「影」の部分と言ってもいいこの地域を一掃してしまいたかったというのが本音だっただろう。うるさい活動家や慈善団体のお節介もあってせっかくのチャンスを逃し、結局今でもバラックや火災の後で設置されたのだろうプレハブがこの場所を占拠しており、さぞやソウル市やカンナム区の担当者は臍を噛んでいるに違いない。

ちなみに上に掲げた写真は、私が通っている韓国語講習の会場となっているカンナム区のとある文化センターのトイレに貼られていたものである(見た途端、すかさず写真を撮っておこうと思った)。「先進市民意識定着運動」と称するもので、この国の方々は「国際」やら「世界」などといった言葉とともに「先進」という言葉も余程お好きなようである。
「もっと清潔で幸福なカンナムを一緒に作りましょう」として挙げられている改善点は以下の通り。
《不法垂れ幕・ビラはNO!
公共場所での露天商・ゴミNO!
不法駐・停車は禁物!
不法建築物一掃!
不法頽廃業者撤廃!》
(「頽廃業者」とはすぐ横の絵からも分るように風俗業者のことのようである。一流で高級な街カンナムに建ち並ぶ商業ビルの事務所をひそかに「頽廃業」に用いている悪徳業者がかなり多いらしく、この種の業者が摘発されるニュースがよくテレビなどで報道される。ただでさえ物価の高いカンナムのことであるから、おそらく韓国きっての金持ちや「セレブ」たちが利用している「高級」で「一流」な「頽廃業」なのではないかと思われる)
わざわざ「一流」や「先進」を標榜せずに粛々ときれいな街づくりを推進していけばいいのにと、「一流」からも「先進」からも程遠い私のような人間は思ってしまうのだが、こうした改善点の内容を見ているかぎりでは、まだまだ「一流」や「先進」への道は遠いようである。心の底では馬鹿馬鹿しいと思っているに違いないソウル市やカンナム区の担当者の嘆息と絶望とを想像しつつ、大嫌いな言葉によってではあるが、満腔の敬意とエールとを送りたいと思う。
ファイティン(파이팅)!