「自分はどこを目指して子育てしてるんやろ~」
今朝、日課の散歩をしながらふとこんなことが頭に浮かんだ。
子供を妊娠した時 お腹の中ですくすく成長して
無事に生まれてきてくれることが一番の目標やった。
生まれた直後は母乳をたくさん飲んでくれて
よく眠ってくれてくれることを毎日望んだ。
子供がいる生活のリズムが少しつかめてくると
次は子供の喜怒哀楽に一喜一憂する。
寝返りをうてるようになればハイハイを期待して、
這って進めるようになればつかまり立ちを待ち望んだ。
一人で立てるようになったら次は
自分の足で最初の一歩を踏み出すことを今か今かと待ちわびた。
そして子供が上手に歩くようになることに一生懸命になった。
子供が歩き出すまでのたった一年の間にも
こんなにもたくさんのことを私は子供に期待してきた。
まさしく「這えば立て、立てば歩めの親心」である。
親はいつでも「早く立たないか」と思い
立つようになれば「早く歩くようにならないか」と思うもの。
子供の成長を楽しみに待ちかねているからこそである!
こうして子供の成長とともに
親として子供にたくさんの「期待」を寄せてきた。
幼い子供が一つ一つ新しいことができるようになることが
私の日々の目標にさえなってたように思う。
幼い子供はたくさんの可能性を秘めている。
ものすごい吸収力で 毎日本当にたくさんの事を学び
自分の血肉にしていってる。
そんな可能性がいっぱいの我が子に
できる限りのチャンスを与えてやりたいっ!
そんな思いから なんでも挑戦させてきた。
「将来この子が困らへんように・・・・」との願いを込め
自分の子育てが間違ってないと信じて・・・!!
「9歳の壁」 という言葉があるように
9歳は言語の成熟期でもあり、抽象的に物事を考え始めるようになる時期でもある。
9歳くらいまでは母子一体で
あれやこれや心配したり喜んだりお出かけも一緒だったりする。
それが9歳以降は子ども自身の世界が広がり出し自分のことや自分の家族や家のことについて
客観的に観ることをし始める。
家族に対する「大好き」以外の感情や想いが芽生え自分の考えと気持ち・自己の確立のために
いろんなことを考える時期=思春期に突入する。
思春期とは「二度目の出産」!
母親の” 心の子宮" から生まれ出る
とどこかで見かけたことがある。
一度目の出産の時と同様に母子共に相当な「痛み」が伴う。
ただその「痛み」の種類が違うだけ!!
親は子供と一緒にこの痛みを越えていかなあかんのやなぁ~(涙)
幼少時は、子供の成長が目に見えてわかるので
親として子供の全てを把握できてる!
我が子の事は私が一番よくわかってる!と
勘違いしていたのかもしれへん(涙)
何をするにも、どこへ行くにも フィジカル(身体的)に子供を支えてやることが
「子育て」の大部分を占めてた幼少の頃とは違い、
何をするにも、どこへ行くにも フィジカルな支えが必要なくなった思春期の息子には
メンタル(精神面)の支えが必要なんやと痛感する今日この頃。
たとえ親であっても我が子の心の奥底までは見ることができへん(涙)
いやっ!親だからこそ見えへんものがいっぱいあるから・・・!
もしかすると私、今まで子供に
「ステイタス」があって平和な人間関係&暖かい家庭を築いて
没頭できる趣味があっていつも楽しめる人生を送ってほしい!
そのためには あれもできたほうがええし
こんなこともしといたほうがええ!みたいな事を
無意識に期待して押し付けてきてしまったのかもしれへん(涙)
どこに行くか?
何をするか?
どんなことを学ぶのか?
誰を好きになるのか?
誰と一緒にいたいのか?
そんなことは息子自身が自分で選んで決めること!
親として今必要なことは?
息子の代わりに息子の人生設計してあげて
何かを決めてやることではない
どんな状況でも、どんな理不尽なことに遭遇しても
嫌なこと、納得いかへんことがあっても
いつでもどんなときでも「幸せを感じるこころ」を
常に息子が持っていられるように導くこと
それが私の子育てのゴールやから・・・(^^)
『「幸せな子」を育てるのではなく、どんな境遇におかれても「幸せになれる子」を育てたい』