まずは、東北関東大震災により被災をされた方々、ご家族の皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。
救出を待っている方、避難所で過ごされている方
日本のみんなが今応援しています。
どうか、どうか、心折れずに。希望の光を絶やさないでください。
当日、私は住まいのある東京から
関西(姫路)の仕事現場にいました。
いつもなら鳴らない、電話の側に主人から着信があり、
声が聞こえぬまま、切れました。
その後、地震のことを知り、電話をかけましたが
繋がらないまま2時間。
たったこれだけの時間でも不安になり、
その後彼が
暗闇の中17キロを6時間かけて歩いて帰宅すると言い残し
また連絡が取れなくなりました、
そんな短い時間でも心配で心配でなりませんでした。
私ですらこんな状況ですから、
今まだ連絡が取れない方々の気持ちは辛すぎます。
家で新婚生活を始めたばかりの2人の家はぐちゃぐちゃになっていました。
それでも、命があることになによりもなによりも感謝しています。
阪神大震災の時、
私は21歳でした。
大阪とはいえ、兵庫県に隣接していた我が家は半壊認定の出た家でした。
もちろん中はいまでも忘れられないくらい、ぐちゃぐちゃでしたが、
なによりも心の折れた母の背中が小さく見えたことが辛かったです。
ただただ夜が来ることが怖かった毎日。
知り合いの安否を聴きながら、いくつかの辛い情報も受け止めていました。
どれだけ怖くてもどれだけ辛くても
生かされた命に感謝して、前にすすもうと思いました。
だから余震が続く中、不安に感じる家族をひとりにさせているふがいなさ、
こんな状況でも、笑顔で人々の前に立ち続ける仕事が続くこと
周りの人間のいろんな考えの中で、
自分の気持ちもつぶされそうになりましたが、
今はもう、私たちが出来ることをやるしかないと思えるようになりました。
まずは自分の家族である彼のそばにいてあげること。
そして日本のために、今できることをしていくこと。
それしかないと思っています。
週末、彼の待つオウチにいったん帰宅します。
中止になる仕事の話もたくさん聞こえてくる中
開催が決定した翌週末の現場では、クライアントさんの了承も得て、
義捐金BOXを設置し、募ることにしました。
集めた義捐金は全額日本赤十字社
に寄付します。
もちろん私も気持をとりあえずはここに込めて
動けるようになったらもっと個人的にも行動に移したいと思います。
みんなでがんばりましょう。
SMILE