遠くで、夏の音が聞こえている。
蝉たちはその生を全うすべく全力で歌を歌っている。
僕はといえば、新薬の調合に没頭していて、そんな音は聞こえないも同然だった。
「ハルは花火見に行かないの。」
長いあいだ続いていた沈黙をやわらかな声が破った。
隣で頬杖をついたサラが僕を見て言う。
「見たいなら行ってくればいいじゃないか。」
僕はサラの方を見ずに答えた。
「わかってないなあ。一人で見たってつまらないよ。」
「ならもう少し待って。あと少しでひと段落する。」
「やった!行ってくれるのね。」
声の調子で彼女が嬉しそうに微笑んだのがわかった。
散らばる色とりどりの錠剤。
ついこの前友人が研究支援を受けることが決まった。彼の、植物の心が読める薬は今後人間に対しても応用できないかと研究が重ねられていくらしい。
僕がずっと叶えたかった夢。それは本来「薬」に頼るようなものではない。誰もが平等に受け取れることが理想であるものなのだ。しかし、僕を含め、それが満足に得られず、生きることに疲れてしまう人の方が現代では圧倒的に多い。科学の力は今後道徳さえ変えていくと信じて疑わない。むしろそうしていないと希望なんて簡単に見失ってしまいそうだった。
『LiL14』。僕は夢を叶えるためのその薬を、こう呼んでいる。
窓の外では夜空に大輪が咲いていた。
「あれ…雨。」
同じ空を見上げる一つの影、無数の足音を切り裂いていくエネルギーの塊。
花火なんて一人で見るものじゃなかったな、やっぱり。
小さくため息をついて川原の砂利を踏みしめる。黒のジーンズのポケットに手を突っ込むと、夕方に露天でもらったビー玉がいくつか入っている。ビー玉つかみ取りを大人が一人でやろうとするなんてきっと俺くらいのもんだろう。手の大きさには自信があったんだ。たくさんつかみ取れると思ったんだ。子供達よりずっと。実際たくさん掴み取れたんだ。子供達よりずっと。俺は大人になったんだ。
そう、大人になって、頭が良くなって、研究支援が決定したんだ。
人の心が読めるようになるまで…あと少し。
