講師が、「霊界にも鳥がいる。あまりにかわいいので千年
抱いていても飽きがこない」と言っていた。
霊界にも動物がいるようだ。
子猫について考えてみる。霊界では成長は無いはずだ。では
この子猫は成長するのか?どう解釈するか?
これを万華鏡に例えてみる。角度によっていろいろな模様に
見えるが、ある模様は未完成、ある模様は時間が先で他は後
ということはない。ただの万華鏡だ。
子猫、成猫、老猫・・・角度によって見え方は違うが、どれが
先でどれが後、どれが完成でどれが未完成と言うことがない。
猫という本質の見え方の違いにすぎない。
神は自己中心的だったと言うがこれもまた一つの完全な神の姿
であり、自己中心だから「不完全」だとか「過去のこと」とい
うことではない。
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以上は前置きです。今日は食口の間でも諸説ある天使について、
一つの視点を提示してみます。
神様は人間に責任分担を与え、失敗しないよう、戒めを与えました。
が、人間は失敗してしまった。
あらゆる言い逃れを考えるならば、神様自身は「体験もしてい
ない」、「乗り越えてもいない」試練をなぜ私たちに課したの
か、とは言いませんか?
もしかしたら神様も同じ試練を体験し勝利していたのでは??
創造前の神様は自己中心的でした。そしてアダムエバの観念が
ありました。これを神の中の原アダム原エバと呼ばせていただ
きます。神が愛を完成させるためには第三者との関係の中で、
原アダムと原エバが一体とならなければならなかった。
この関係を造るために原アダム(あるいは原エバ)とそっくりに
造られたのが天使なのではないのだろうか?
以上の想像から、
1)天使は自己中心的な神の似姿である。神の弟と言える。
2)神の似姿である人間とそっくりなのは必然。
3)天使に成長期間はない。(万華鏡の話を参照)
4)従って完成のための責任分担もない。(自己中心的でありな
がら完成しているのです)
5)天使の使命は、ある意味躓きの石となること。
6)躓かせようが、躓かれようが天使に責任はない。
・・・
まあ他にも言えることはあるでしょう。
6千年間孤独に耐え、摂理を進めてこられた神が、賛美と頌栄欲
しさに天使を造ったというのは、ちょっと弱い。手助けも必要だっ
たか?もっと強烈な理由があったのではと思えばこそ。
※注
妄想世界カテゴリです。そんな事かと忘れ去りましょう。
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