(六) 堕 落 性 本 性
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それでは、善の目的のために創造された天使長から、いかに
してそのような愛に対する嫉妬心が生ずるようになったので
あろうか。元来、天使長にも、創造本性として、欲望と知能
とが賦与されていたはずであった。このようにして、天使長
は知能をもっていたので、人間に対する神の愛が、自分に注
がれるそれよりも大きいということを比較し、識別すること
ができたのであり、またその上に欲望をもっていたから、神
からそれ以上に大きい愛を受けたいという思いがあったとい
うことは当然なことである。そして、こういう思いは、自的
に嫉妬心を生ぜしめたのである。したがって、このような嫉
妬心は、創造本性から誘発されるところの、不可避的な副産
物であり、それはちょうど、光によって生ずる、物体の影の
ようなものであるといえよう。しかし、人間が完成すれば、
このような付随的な欲望によっては決して堕落することはで
きなくなるのである。なぜなら、このような欲望を満たすと
きに覚える一時的な満足感よりも、その欲望を満たすことに
よって生ずる自己破滅に対する苦痛の方が、もっと大きいと
いうことを実感するようになるので、このような行いをする
ことができないのである。
そして、創造目的を完成した世界は、あたかも一人の人間の
ように、互いに有機的な関係をもつ組織社会であるから、個
体の破滅は、直ちに全体的な破滅を招来するようになる。し
たがって、全体は個体の破滅を放任することができない。こ
のように、創造目的を完成した世界においての創造本性から
生ずる付随的な欲望は、人間の発展をもたらす要素とはなっ
ても、決して堕落の要因とはなり得ないのである。
・・・
<引用以上>
この部分、書き出しはサタンについて書いていますが、しかし
以降、主語がサタンなのか人間なのか分からなくなっています。
一貫してサタンについて書いていると見ても良いですが、人
間についてと見た場合、人間にも、呼び名は堕落性本性では
ありませんが、「全体的な破滅を招来」する「創造本性から
生ずる付随的な欲望」があることになります。
そしてそれは「個人の努力で解決するべき」とは書いてなく、
「全体は個体の破滅を放任することができない。」と書いてあ
ります。
ですから、個人にとって全体に対する従順こそが最大の徳目に
なるわけです。
後編では、アベル-カインの関係がでてきますが、結局堕落し
ていなくても、原罪があろうがなかろうが、この関係は
社会-個人の関係に置き換えて、そっくりそのまま残ることに
なります・・・・か。
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