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いまさら聞きづらい質問や、日々の妄想的な雑感。

絶対者である神は目盛りのない数直線に喩えることができる。
ゼロなのか、プラスなのかマイナスなのか、1なのか100なのか、+∞なのか-∞なのか全く分からない。

しかし、このような絶対は絶対ではない。
なぜならば、「わたしはここにいる」と言ったとき「ここ」が一体「どこ」なのか特定できないのだから。無いのと同じなのである。

出エジプト3:14 神はモーセに仰せられた。「わたしは、『わたしはある。』という者である。」また仰せられた。「あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。『わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた。』と。」

神自身にもこれ以上の説明はできない。「ある」としか言いようがないのだ。

だから神は絶対者であるために、創造という相対化によって、数直線に目盛りを刻む作業をしなければならなかった。

神に創られた人間は、個別性を持ち、他との関係の中で存在しつつ、絶対であることを追求している。




問題は、絶対性を相対関係の中で実現しようとする所にある。
相対性というのは変化である。昨日と今日が違い、今日と明日が違う。

人間は変化する関係の中で、絶対であろうとする。

自分は王であると、甚だしくは神であると言って自分を絶対化する。
相手に対しては絶対服従を要求し、自らを絶対化する。
自分の神こそが最高の神だという。
自分の正しさを主張する。
自分が間違っていると分かっていても、自分が正しいと主張したことはありませんか。
(よく見極めないといけません)


犯罪や戦争は、このような創造の仕組みから影のように生まれた性質から起こるのではないかと考えてみたりした。




あー、表現力のなさよ(>_<)。



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