遅くなりましたが、今日は衆院選の投票日です!
言わずもがな、今回はかなり大事な選挙です。
投票時間は夜まであります☆
私達の所は午後8時までですが、それぞれ調べて下さい。
あと何時間かですが、今一度クールダウンされて、
① どこの政党が、本当に私達が暮らしやすい世の中にしてくれるか
② 今まで各政党がどの様な事をしてきて、どう感じたか
ここを冷静に考え直してみて下さい、是非。
投票しても無駄だろうという、あきらめムードも漂っているといいます。
でも実は、1票2票差で勝敗が分かれる事もあるし、派手に勝たなくとも、
10議席20議席でもできる事はあるんです!
(私のツイッター参照 tomo_rindou)
今回、実は結構体調が悪かったのですが、頑張って投票してきました✊
たくさんの方々が来られてました。
元気になって帰ってきて、今これ書いてます(^-^)
最後まであきらめないで、投票に行きましょう!✊✨
P.S
台風☔️が近づいてきています。
私は兵庫の南なんですが、だいぶ雨風強くなってきて、
地面も滑りやすくなってきました。
もちろん、ご自身の身を守る事が第一です!
その上で、投票に行けるという事なら、重々お気をつけて
お出かけください!
ほんと更新がギリギリになりすみません。。
思えば、(前回に続いて言ってみれば)偏差値チェックというのは、
結局、偏差値50でも55でもそれ以上は認めそれ以下は認めない、自分の中でダメとするって事だ。
(仮にでもそうとしよう。)
しかし、偏差値にはもう少し違う見方があって、ある一定以上は思考型、
一定以下は感情型の人間の集まりととれる。
勿論、例えば偏差値50でパカッと別れるはずは無く、そこはグラデーション。
あと、感情型という事は実はエロ度が高まるという、もはや裏テーマとも言える
事実も存在すると私は考える(笑)
要するに、私はダメと言っている偏差値ある一定以下の人々が、実はうらやましいのだ。
自由にのびのびと、自分の本当の型である感情型を生きる事ができている。
なんとうらやましい事か。
私はある時期から、自分の中にも確かにある「エロ」を認められなくなった。否定してきた。
人がエロかったり、エロを発信するのも嫌(笑)
でも、ここが一番大切なんだけど、人間は、自分の良い所も悪い所も、全てまるっと肯定する事で、
憂鬱な気分から抜け出す事ができるのだろうなぁ、と思う訳です。
私はこれから、自分の中の、、決して良いとか美しいとは言えない部分(エロも偏差値チェックも?)も、
全てを肯定していきたい。
全てをまるっと肯定✨
、、と口では言ってますが、実際にやっていけるのか。
少しずつでもそうなっていきたい✊
P.S 「全てをまるっと肯定」という言葉は、心理カウンセラーの藤村高志さんの書かれた、
「まずは、自分をまるっと肯定しよう」という本から拝借しました。
もし何か引っかかる様でしたら、ご一報頂けると嬉しいです💧
いきなりですが。
もう本当に、自分の中にはどうしようもない情けない部分(または影とも言う・笑)があり、
その多くを隠して生きてきた人生がまた情けない。
人はおそらく、自分の中の「この部分」にはyesを、「また違うこの部分」にはnoをという判断を繰り返し、
noとされた部分は次々と自分の無意識の層に閉じ込めていく。
しかし悲しいかなそのno達も、紛れもない私の一部なのだ。
さて、この様に長々と前置きした所で(なんだ前置きかよ)、今日はその自分の中の影の一部をここに公開したいと思ふ。
まー一言で簡単に言うと、「私は出身校の偏差値で人を判断するところのある人間です」。
かびょーーーん。
最悪っ。
偏差値だけで、だよ。
でもこの事を否定してもだめ。
おそらく相当根深い理由から、これは
紛れもない事実なのだ。
気になるタレントやミュージシャンがいたら、すぐにWikipediaをチェック(嗚呼恥ずかしい)。
出身校チェック。
「出身校名 偏差値」で検索。
そこで、ほぅそうか、思ってたより上下、私より上下、
下過ぎたら何か理由があるはずだと考えたり、、結構色々な気持ちになる。
身の回りの人でも出身校気になるし、挙句の果てには恋活でもワタシの出身校チェックは厳しい。
もう私の人生、とっくにそれで測る時期は終わってるというのに、
ぶっちゃけ偏差値でがんじからめ。
正直ここまで来たら苦しい。
しかし偏差値チェックは楽しくもある。
なんやねん、これ。笑
多分最大の理由が、私はそこそこの偏差値の学校を(奇跡的)に出る事ができた。
要するに、私の人生で胸を張れるものはこれしか無いわけ。
努力してない訳ではない。
不真面目な訳ではない。
でも幾つかの理由から、大学出た後(いや前でも)の私には何か一つでも築き上げたり、やり遂げたりする事が困難だったのだと思う。
それで、、偏差値チェックする事で、自分自身を支えているのかなぁ。
ぬあぁ情けない。
しかし今、私は少し希望の光を感じている(笑)
どういう事かというと、今回の様に、影の部分をさらけ出す、みんなに言っちゃう事で(=影に少し光をあてる)、バランスが取れていくという。
影として隠していると、皮肉な事にその事がとても重大な事だと思ってしまう。
でも隠さず話す事で、その重大さは薄まっていく。はずだ。
私だって、こんな偏差値偏差値言ってる人間はヤだよ。
(だからnoにしたんだ。)
でも少しでも、努力次第でもっとバランスを取れる様になっていけるのでは、と。
だから今(なんか大黒摩季さんみたいやけど・笑)、私は声を大きくして言う、
「私は出身校の偏差値で人を判断するところのある人間です」。
うげーーー。
Change it, here we go!
(結局大黒摩季さんかよ!)
、、お粗末様でした。
p.s
このテーマで、また書くかもです。
今向き合った方が良さそうなので、、あんまり深刻な感じの文章にならない様努めます(苦笑)
もう本当に、自分の中にはどうしようもない情けない部分(または影とも言う・笑)があり、
その多くを隠して生きてきた人生がまた情けない。
人はおそらく、自分の中の「この部分」にはyesを、「また違うこの部分」にはnoをという判断を繰り返し、
noとされた部分は次々と自分の無意識の層に閉じ込めていく。
しかし悲しいかなそのno達も、紛れもない私の一部なのだ。
さて、この様に長々と前置きした所で(なんだ前置きかよ)、今日はその自分の中の影の一部をここに公開したいと思ふ。
まー一言で簡単に言うと、「私は出身校の偏差値で人を判断するところのある人間です」。
かびょーーーん。
最悪っ。
偏差値だけで、だよ。
でもこの事を否定してもだめ。
おそらく相当根深い理由から、これは
紛れもない事実なのだ。
気になるタレントやミュージシャンがいたら、すぐにWikipediaをチェック(嗚呼恥ずかしい)。
出身校チェック。
「出身校名 偏差値」で検索。
そこで、ほぅそうか、思ってたより上下、私より上下、
下過ぎたら何か理由があるはずだと考えたり、、結構色々な気持ちになる。
身の回りの人でも出身校気になるし、挙句の果てには恋活でもワタシの出身校チェックは厳しい。
もう私の人生、とっくにそれで測る時期は終わってるというのに、
ぶっちゃけ偏差値でがんじからめ。
正直ここまで来たら苦しい。
しかし偏差値チェックは楽しくもある。
なんやねん、これ。笑
多分最大の理由が、私はそこそこの偏差値の学校を(奇跡的)に出る事ができた。
要するに、私の人生で胸を張れるものはこれしか無いわけ。
努力してない訳ではない。
不真面目な訳ではない。
でも幾つかの理由から、大学出た後(いや前でも)の私には何か一つでも築き上げたり、やり遂げたりする事が困難だったのだと思う。
それで、、偏差値チェックする事で、自分自身を支えているのかなぁ。
ぬあぁ情けない。
しかし今、私は少し希望の光を感じている(笑)
どういう事かというと、今回の様に、影の部分をさらけ出す、みんなに言っちゃう事で(=影に少し光をあてる)、バランスが取れていくという。
影として隠していると、皮肉な事にその事がとても重大な事だと思ってしまう。
でも隠さず話す事で、その重大さは薄まっていく。はずだ。
私だって、こんな偏差値偏差値言ってる人間はヤだよ。
(だからnoにしたんだ。)
でも少しでも、努力次第でもっとバランスを取れる様になっていけるのでは、と。
だから今(なんか大黒摩季さんみたいやけど・笑)、私は声を大きくして言う、
「私は出身校の偏差値で人を判断するところのある人間です」。
うげーーー。
Change it, here we go!
(結局大黒摩季さんかよ!)
、、お粗末様でした。
p.s
このテーマで、また書くかもです。
今向き合った方が良さそうなので、、あんまり深刻な感じの文章にならない様努めます(苦笑)