あなたの宗教は?
と聞かれたとしたら
あなたはなんと答えるだろうか?
特定の宗教を信仰している人以外は
無宗教
と答えるのでは?
日本の宗教は
『神道』と『仏教』が主であると
多くの文献には書いてある。
しかし私たちは
自分が何の宗教に属するのかなんて
考えてみたこともないのが普通だ。
キリスト教圏では
両親が子供に教会で洗礼を受けさせるので
洗礼を受けた教会の宗派が
その人の『宗教』として
役所にも記録される。
だから
『あなたの宗教は?』と聞かれたら
答えは明確だ。
日本のような宗教のスタイルは
世界の中では稀なのかもしれない。
無宗教と主張する私たちだが
神や仏を全く否定しているわけではない。
それどころかよくよく考えてみると
実は信仰深いんじゃないかとさえ
思えてくる。
神社やお寺にお参りに行く人は多いし
ご利益を得られると仏像を撫でてみたり
お守りを買って持ち歩いたり・・・
単なる気休めだとは言いつつも
全く信じていなかったとしたら
やはりそういう行動は
取らないのではないかと思う。
昨日の記事
『思い込みの力』
に続くのだが
実はこんなことを考えたのには
理由がある。
私は数年前から
涙の量が調整できない症状が
ずっと続いている。
数ヶ月医者にかかり
いろいろな薬を試したが
全く効果がなく
精密検査の結果
手術が必要なことになった。
心配した両親が暑い中
目にご利益のある寺院を回って
お札を送ってくれた。
自分を大切に思ってくれる人がいることを
とてもありがたいと思う。
そこで思ったことがある。
ご利益があるお寺というのは
何も理由なくそんな呼ばれをしたはずが
ないだろうと思うのだ。
昔、病気の人がそこへお参りをし
その後回復して元気になったことを
知り合いに話したのが
人づてにどんどん
伝わっていったのではないだろうか。
そこへお参りをして
病気が回復した人は
きっと一人ではないはずで
これは本当にご利益があると
長い年月を経て
有名になっていったのではないだろうか。
単なる気休めなんかではなく
私がそれを信じて
思い込むことができれば
私の中に眠る自然治癒力が目覚めて
長年の不調が治る日が来るのかもしれない。
すべては私の思考に
かかっているのかもしれない。




