beeのブログ -23ページ目

beeのブログ

ブログの説明を入力します。





あけましておめでとうございます


ここ数年を振り返って、いちばん寒い正月のような気がします。家で静かな年越しをして、夜のうちに除夜の鐘を聴きながら近所のお寺で初詣をしてきました。とくに信心深い人間じゃないけれど、初詣や墓参りはキチンと行くようにしています。小さいけど結構有名なお寺で、普段は四国や九州あたりからもはるばるバスで参拝客が来るようです。


参道にはたくさんの夜店が出ていて、本当なら温かいものでも買うべきところ、ワケあって「りんご飴」をひとつ買いました。子供の頃、家の事情で親と離れて暮らしていたのだけれど、一度だけ、親に連れられて神社の初詣に行きました。普段、一緒に暮らしていなかったので親に上手に甘えたり、モノをねだったりすることが出来ない子でした。


でも、前を歩いていたよその子が美味しそうに食べる「りんご飴」を、私は物欲しそうに見ていたのかもしれません。親父が黙って買ってくれ、しゃがんで目の高さを私に合わせて、ニコニコ笑いながら「りんご飴」を差し出してくれました。あのときの笑顔が、私が覚えている一番やさしい親父の笑顔でした。言葉は何もなかったように思います。


親父が買ってくれた「りんご飴」をかじりながら歩いていると、親父とお袋の会話が聞こえてきました。「どんな願い事したの?」というお袋の問いに、親父は「あっちからもこっちからも願い事ばっかりされて忙しい神さんに俺は願い事はせん。早く家族で一緒に住めるように頑張るから、まぁ見とってくださいって宣言したんや」と言いました。


子供の頃、ずっと一人ぼっちにされていた寂しさからの恨みは思春期に一気に噴き出して、今思うと自分で自分を殴りたくなるほど親父には迷惑をかけてしまいました。ずいぶん心配もかけてしまいました。寂しかったのは幼い自分ひとりだと思っていたけれど、両親は寂しさと同時に幼い息子への申し訳なさで、私以上に苦しんだに違いありません。


親父の寂しさや心の痛みが少しは理解できるようになった今、既に親父はこの世にいません。毎年、初詣をすると、親父に習って私も願い事はしないようにしています。「頑張るから、まぁ見ててください」と、偉そうに神や仏に宣言するのです。でも、帰り道の参道で「りんご飴」を買って『助けてくれよ!』と、天国の親父には素直に頼むのです。


正月は、揃う家族がいる人もいない人も、集まる仲間がいる人もいない人も、心のより処になる大切な人やら場所やら時間やらにそっと想いを馳せ、ほんの少しやさしい気持ちになれたらいいなと思うのです。また一年、頑張るチカラになってくださいと、素直な心を重ねるのです。偶然読んでくれたアナタにとって、今年がよい年でありますように。




 
$beeのブログ

$beeのブログ

$beeのブログ