KOOKOO's SHADOW - Am I hiding in the shadow? Or are we all hiding in the shadows? -21ページ目

KOOKOO's SHADOW - Am I hiding in the shadow? Or are we all hiding in the shadows?

HAVE I JUDGED A BOOK BY HOW IT'S BOUND?
AM I LOST OR AM I FOUND?
ARE YOU WITH ME?

人は時として悩み苦しむことがあるが、それは必然なる過程であり、その痛みをどう捉えるかで大きく変わる

苦しみを何かのせいにしたり人のせいにするのは、とても容易い逃避であり、それを繰り返すといつまで経っても同じ結果を招いているに過ぎない

神が人に生命を与えたのは、そんな単なる繰り返しを行わせるだけによるものではない

成長し進化させるために与えられたのだ

様々な過程 試練の中でどのように対応していくかで道を切り開き かつ 導かれていくものである

俺が、もし、哀しみのどん底に浸っていれば、過去と何ら変わらないものであることを悟ったために新たなスタートをきったわけだが、このスタートの意味は、過去を捨てる 消し去る ということではない

これまでの体験を通じて得たものを受け入れ、何が良いことなのか何が良くないことなのかを見極め、活かすことが、真のスタートを意味する

頭の中では 口先だけでは これもまた容易いことだ 

何が鍵となるかは行動である 

この行動とは、真なる善に基づく思考であり、信条であり、信念であり、言動であり、実際に行う行動である 

実際に行う行動は、その対象なる事項 人 への直接に行う行動もあれば、間接的に行う行動も含む

間接的というのは、そうっと見守るという形で 距離をおき 干渉せす 相手を刺激せず あくまで相手の意思を尊重する寛容なる行為を意味する


そういった善なる 正義なる 良き 信条は 神からの恩恵を受けるに値する

信条は あくまで善なるものであって、なになにをしてあげるからなになになる見返りをくれというエゴであってはならない エゴとは自分だけの欲求だけを満たす邪悪なものであり、そこから得られるものは、真なるものではない、ひとときの快楽や虚栄であり、浅はかなものにすぎない

エゴとは誰しもが持つもので、それが悪いといっているのではない。それをどのようにするかを神は常に見ている 

正しい配慮 考え 想い そこから示される行動を 神 は常に見ている



神を信じぬ方は、その方の 心 と解釈して頂いてもいいだろう



俺は、俺なりにすべき行動を踏み切った 信じることを選んだのだ

俺ができることは、俺を成長させることは、信じること そして それを行動に移すこと 

シンプルだ 

それで道は開く 

開かせてやる力 信念 は 俺にある 

そう自分を肯定し 進めること そうやってきたから素敵な人との出会い そして俺以外誰にも抱けぬ想い 大切な人からの信用 を得てきたのだから…

そういった全てを大切にすることこそ意味がある 

そういう積み重ねを神は見ておられ 俺に語りかけていてくれる



そうやって 昨日 が始まった



自分自身で創りあげた世界の扉を開け、するべきことを優先させた 
その優先事項とは、自己を犠牲にする行為だが、俺の責任であるもの 
その犠牲をどのようにあとで処理するかは確信できていないが、とにかく責任を果たすことを優先させた


その後、我に返り、「さて、すべきことはした。あとはどうなるか… 疲れたから今日のところは考えないでいよう」と、車を止め、しばらく休んでいた。


ボーっとしていた。



そこへ、目の前に、何がしら目をひく人が歩道を歩いている。

?!?!?!


俺は驚き、その驚きを声に出せないぐらいであった。


そんな状態で、その人は、ただ単に通りすぎていくではないか…


俺は、この機会をそのまま見逃してはいけないと思い立ち、大きな声で、その人の名を呼んだ!



その人は、知る人ぞ知る特別な人物である。とても気さくな、ユーモアのセンスに満ち溢れた存在感ある人だ。


「もう再会することなどないだろう… 会えるとすれば、俺が死んだ時であろう…」とまで思っていたほどの歳月が過ぎていたのだ。


それなのに、俺のことも覚えていてくれて非常に嬉しかった。


あまりにもの驚きで、俺はたどたどしい日本語で会話も少しした。

その後は、握手して、「じゃーねぇ」



しばらくの間、なんという偶然か と呆然としていたが、これは俺が心を清らかにした神からの恩恵だと そう感じ取った


信じることは素晴らしい 正しい行いは予期せぬ素晴らしい形で目の前に起きた

とても清々しい思いをした



その一方で、俺はテレパシー的なものを強く感じる

俺とその人との共通点は、とても正義感の強いところだ



まあ、俺は、客観的に、「思い込み」の激しい部分が強いから、なんでもこじつけてしまうのかもしれないが、俺が「良かった」っと思えたのだから、それでイイんだ!





* 私のブログ投稿は、ご存知の方もおられますが、自我流認知行動療法として、自己の持つ精神疾患を治す目的を趣旨とし、感情・葛藤・思考・思想・宗教・文化・芸術・詩・教育・経済・マスメディア・法 等 様々な観点も含めた自己表現であります。 それを介して心暖かき声も頂き、とても感謝しております。 私個人の感情による人騒がせな態度、私なりに自覚しております。 思想の自由 選択の自由 個性の尊重 社会とは何か 人生とは何か 人として抱く感情 道 過程 様々なことがらにおいて賛否両論でしょう 深く共鳴 見守ってくれる方がいらっしゃることを嬉しく思います  その一方で、私は、たまにナンセンスなジョークも入れます  言葉の中に隠れたメッセージもあります  突然消える あるいは、存在自体を消されることもありえます どのようなことが起きようとも 「心」 はなんらかの形(無形も含む)で伝わると私は信じます。 かつては、「Welcome to my fucked-up diary 俺のクソみてぇな日記へようこそ」でしたが、今後は少し方向性を変えていく考えです。よって、連日記すことにはならないと思います。
明日への不安は彼女の輝く姿で消え去った
改めて彼女の選択は正しいものと納得できた
俺にはもったいない素敵な女性だからだ
彼女には素敵な恋をしてもらいたい
俺の分まで

彼女との出会いも別れも俺にとって大きな目覚めであり、自分が何者かをよく分からせてくれた神からのメッセージでもあった

彼女の微笑みにはいつも魅了される
俺はそれだけで満足だ
そうやって見守っていきたい

俺には俺の宿命がある
それをまっとうさせねばならない