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ADHD系男子の徒然なるままに

どうも。理系の大学4年生です。来年からは某メーカーで働きます。自称ADHDですが、ずっと感じていた他の人と何かが違う感、ズレ、生きづらさがADHDの症状にぴたりと当てはまります。
そんな僕が徒然なるままにブログを書いていきます。

どうも。ADHD系男子のなおやです。

このブログは自分の過去を整理し新たに社会人として活躍できるように、という目的で書いていきます。

まずは小学生の頃を思い出してみます。
箇条書きで書き出します。

・今もだけどとにかく字が汚い。
漢字ドリルが大嫌い
先生のコメントはいつも「ていねいに書きましょう」

・授業中に歌を歌って先生に怒られる。
音楽の授業じゃなくて普通の座学

・毎日忘れ物、なくし物
友達に呆れられないようにルーティンで色々貸してもらってた

・とにかくうるさい子供って感じだったと思う。

・母親がとにかく怖かった。
何をするにもまず否定される。
「え?だめ!」がいつもの。

・そして父親を通して話をするが、
お父さんを通せば何でもできると思うなよ」という母親の言葉が今でも鮮明に残る。

確かに自分のワガママもあったが、例外はなくなんでもかんでも否定されてた。

だからなるべく下手なことは言わないようにしてた記憶が。

でも、実際は学校の行事、連絡など言わないといけないものもあって「なんで言わないの!」と怒られることもあった。
学校のプリントを期限後に親に出したり。


少し話がずれるが、
小学4年生のとき、自転車で友達と小学3年生の時の実習の先生に会いに行こうという話があった。

その時の家庭のルールはある一定のエリアの外には自転車で行ってはいけないというもの。

その先生の家はそこまで遠くはなかったがそのエリアの外だった。

僕以外の4人は行けるという話だった。

でも僕は用事があっていけないと嘘をついた。

その時の自分の気持ちは
どうせ親に言っても「危ないからダメ」と言われる。絶対言われる。という気持ち。

そこで言い争うのも面倒だし、言わないでおいた。

本当は本当に行きたかった。その先生に会いたかった。
なんかの実習の先生で期間は半年?一年?もっと短かった?
そこはよく覚えていないけど、その先生は本当に自分に良くしてくれて、そのクラスの中で自分が一番仲よかったって自負していた。

そして、ある日母親が
「こうすけ君のお母さんから聞いたけど佳代先生の家行ったんだって?なんで行かなかったの?言えばよかったのに」

とぼけた顔して聞いてきた。

は?どうせ行く前に言っても、ダメって言ってたくせに。過ぎたことだからそんなこと言えるんだろ。

と心の中ですごい怒りが込み上げてきた。

もう小学4年生の頃なんでそこまで鮮明には覚えてないですけど、
当時の自分は言ってもどうせダメって言われるっていうことを確信していました。

そして、その後に母親にあんなとぼけたこと言われて物凄く腹が立った記憶があります。

物凄く行きたかったのに…

他人からすればしょうもないことですけど、本当に会いに行きたかった

なんかこの記事書いてて当時の気持ち思い出したら涙出てきた