私が滞在しているイグアス市は、
アスンシオンから東に286キロ、ブラジルの国境の町、
シウタ・デル・エステから西に41キロの場所にあります![]()
滞在していたエンカルナシオンから、
朝7時半のバス(40000グァラニー)に乗り、
ひたすらひたすら、まっすぐに地平線まで伸びている6号線を走ります![]()
出発から4時間、キロメトロ30で下ろしてもらいました。
右に行くとシウタ・デル・エステ、左に行くとアスンシオン。
そこから、アスンシオンに向かうバス(5000グァラニー)に乗り換えて、
キロメトロ41。
そこが、イグアス市です。左手に見えてくるガソリンスタンドESSOが目印です![]()
![]()
さて、ここイグアスは、1961年に初めて日本人が移り住んでから、50年。
今では、約220世帯、750名程度の日本人・日系人がこの地で暮らしています。
もちろん、日本人だけの土地ではなく、パラグアイ人の世帯は1676世帯、8300名程度。
パラグアイの人と共存をしている土地です![]()
私がこの土地を訪ねたのは、
旅立ちから5ヶ月、日本が恋しくなったのももちろんですが、
ここは、古きよき日本が残っていることを聞いたからです。
「ペンション園田」さん。ここには、たくさんの旅人たちが、その疲れを癒しにやってきていました。
町を散歩。
ずーっと先まで伸びる赤土の道。
何かに警戒する必要なく、トランキーロに草を食べ続ける牛。
真っ青な空。
ギラギラ照りつける太陽。
そして、
すれ違えば、「こんにちは」と挨拶を交わす日本人、パラグアイ人![]()
![]()
農協では、
納豆も、ふりかけも、たけのこも、どら焼きも、塩辛も、里芋も、
だしの素だって、お茶づけだって、餅だって、豆腐だって、
そばだって、めんつゆだって、梅干だって・・・・・
今まで何度となく恋しがってきた日本の食材が手に入ります![]()
![]()
町の中心には、大きな鳥居。
人生の応援や教訓も。
たくさん実を付けたビワの木。
おじさんと仲良くなって、毎日ビワを食べ放題。
初めて日本人がこの地を踏んでから50年。世代は、2世、3世へと受け継がれていきますが、
日本語学校では、会話だけでなく読み書きも指導し、日本語という言語を大切に受け継いでいます。
ここには、かつての日本が大切にしていたものがある気がします。
古き良きもの。
それを思い出させてくれる町がパラグアイにあります。
アサード(BBQ)パーティーで、旅人との絆も深まります。
何年も旅をしている旅人たちの世界各国での話。
人生の先輩たちの人生の話。
人生の後輩の夢の話。
アラサト(通称パチカ)のプロが、ものすごいテクニックでリズムを刻んでくれたり・・・・・。
本当にいろんな人がいて、旅に出たから出会えた人が沢山いて、
それぞれの人生があって、
とても刺激をうけます。
そんな土地で、日本の田舎の夏休みのようなこの場所で、少し骨休め。
贅沢な時間を過ごしています。
ここで、しっかりと鋭気を養って、中米に出発します。
いつも訪問ありがとうございます。
クリックもお願いしますね☆









































オランダ 














