昨年ラブアタックを通じて、よく撮っていただくようになった写真家の上瀧由布子さんの展示を見に行ってきました。
初めて撮っていただいたときに、由布子さんはとにかくキメないで力を抜いてくれとその部分をかなり強調して言っていたのが印象的で、
アー写のような、ポーズや顔もバリバリに作りこむ、いわゆるキメキメの写真を撮ってもらうことが多かった私としてはあまりなかった面白い撮影の時間だった。
展示を拝見して、この世の中は「綺麗」なものが溢れていて、それはそれですばらしいのだけど、枠に収めようとしすぎているのかもしれないと思った。
私はやっぱり古いものって言うのは好きなのだけれども、雑多な、ボロボロのものにこそ強烈なノスタルジーを感じることもあり、
それは、その中の過ぎて来た時間というものにものすごく思いを寄せやすいからなのかもしれない。
整えた形の表面よりも、そこに至る経緯のようなものがふわっと浮いてきていて、それを見ている気分だったかな。
言葉に出来ない何かを体現するというところが表現の目的のひとつだと思うのだけど、そこへのフォーカスをかなり感じた。
美しいとはなんなのだろうと考えた展示。
本質に近づいて切り取った写真達。
お勧めです。
https://www.facebook.com/events/1529831430678399/
3/10まで、新宿三井ビルエプソンギャラリーにて。

これは初めて由布子さんに撮っていただいた写真。
わたしはコレを見て、今まで撮られてきた自分とかなり違ったので、ちょっと自分じゃないみたいでゾクッとしたんだけど、由布子さんからしたらまだだいぶ綺麗側にに寄って撮ってくれたんだろうなと思う。笑
初めて撮っていただいたときに、由布子さんはとにかくキメないで力を抜いてくれとその部分をかなり強調して言っていたのが印象的で、
アー写のような、ポーズや顔もバリバリに作りこむ、いわゆるキメキメの写真を撮ってもらうことが多かった私としてはあまりなかった面白い撮影の時間だった。
展示を拝見して、この世の中は「綺麗」なものが溢れていて、それはそれですばらしいのだけど、枠に収めようとしすぎているのかもしれないと思った。
私はやっぱり古いものって言うのは好きなのだけれども、雑多な、ボロボロのものにこそ強烈なノスタルジーを感じることもあり、
それは、その中の過ぎて来た時間というものにものすごく思いを寄せやすいからなのかもしれない。
整えた形の表面よりも、そこに至る経緯のようなものがふわっと浮いてきていて、それを見ている気分だったかな。
言葉に出来ない何かを体現するというところが表現の目的のひとつだと思うのだけど、そこへのフォーカスをかなり感じた。
美しいとはなんなのだろうと考えた展示。
本質に近づいて切り取った写真達。
お勧めです。
https://www.facebook.com/events/1529831430678399/
3/10まで、新宿三井ビルエプソンギャラリーにて。

これは初めて由布子さんに撮っていただいた写真。
わたしはコレを見て、今まで撮られてきた自分とかなり違ったので、ちょっと自分じゃないみたいでゾクッとしたんだけど、由布子さんからしたらまだだいぶ綺麗側にに寄って撮ってくれたんだろうなと思う。笑