おーるでいーず・ばっと・ぐっでぃーず        ~名曲islands in the stream~
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三木たかし(時計をとめてーわらべ)

随分時が経ってしまったがTVや新聞で報道されているように作曲家の三木たかし(1945年1月12日東京都生,2009年5月11日岡山県没。本名:渡邊匡。)さんが亡くなられた。

某有料放送局の地上波追悼番組後に投稿しようとおもったのだがどうやら通常の音楽番組内でお茶を濁されさうだ。

名前を聞いてもわからない方もいることだろうけれども日本人であれば作曲された楽曲は必ず知っているはず。

今の音楽がつまらなくなった理由は音楽の分業体制が崩壊したことにほかならない。

自作と自演この2つの両方とも優れていることは難しい。

また個性的という言葉に誤魔化されお粗末な作品が量産されている現代。

楽曲単位でみれば今の作品よりオールディーズや80年代アイドルの曲のほうが優れていることが少なくない。

専業作家の存在が大きかった。

そんなプロの仕事を感じさせてくれる作曲家だった。

西洋音楽(古い表現ですが)を日本人のもつ感性に合わせた作曲ができる一人者だった。

世間的には「津軽海峡・冬景色」や80年代テレサ・テンの一連作品で評価されるだろうけれどセールス的にはわらべ作品が自身最高だった。

わらべ作品からセールス的には振るわなかった「時計をとめて」をピックアップ。

音楽の分業体制がまだ機能していたころの作品。

「めだかの兄妹」「もしも明日が・・・」同様TV朝日で放送されていた「欽どこ」のエンディング曲だった。

ミリオン・セラー級だった前2作と較べ最高位6位約15万枚という結果だった。

作詞は荒木とよひさ編曲は松武秀樹(YMOのコンピューターマニピュレーター)という布陣。

前作同様サビがかけあいになっていてそのメロと歌詞が美しい。

AA´BA´が基本なのだが最後のA´の部分がかけあいになっているのでA´´以上の変化が感じられる。

メロディー・アレンジともにクリスマス・ソング的。

2人頼り無さげなボーカルを逆手にとったメロディー。

歌のうまい人だったら単に良い曲で済まされてしまう。

賛美歌をイメージさせるアレンジは今でも独特な編成。

いくつかの時計にちなんだSE・音色も聴こえる。

詞・曲・アレンジどれもプロも仕事をしている。

「欽どこ」(萩本欽一番組全般だが)の視聴率が好調を維持していれば埋もれなかっただろうに。

2009年5月11日日本の音楽界はとてつもない損失をした日になった。

他のオススメは岩崎宏美「思秋期」キャンディーズ「哀愁のシンフォニー」あたり。

合掌。


わらべはかなえ(倉沢淳美:1967年4月20日神奈川県生)とたまえ(高橋真美:1967年9月20日東京都生)の2人組。番組を途中降板したかなえ(高部知子)を加えた3人組みだったがこの時点では2人になっていた。

New Orleans(GARY U.S. BONDS )

Amercan Oldies Hits Part1(01)

New Orleans(GARY U.S. BONDS )



ゲイリーU.S.ボンズ(GARY U.S. BONDS )は1939年6月6日フロリダ州ジャクソンビル生まれ。本名:Gary Anderson。プロデューサーのFrank GuidaによりU.S. BONDS と命名。グループ名と間違われることからGARY U.S. BONDS に変更。60年「New Orleans」が初ヒット。 翌61年「Quarter to Three」で全米ナンバー1に。81年デビュー前彼のファンであったブルース・スプリングスティーン作・プロデュースの「This Little Girl」で復活。


主なシングル (最高位表)

年度 タイトル NATIONAL R&B Mainstream Rock
1960 New Orleans 6 5
1961 Quarter To Three 1 3
1961 School Is Out 5 12
1961 School Is In 28

1961 Dear Lady Twist 9 5
1962 Twist Twist Señora 9

1962 Seven Day Weekend 27

1962 Copy Cat 92

1981 This Little Girl 11
5
1981 Jole Blon 65
29
1982 Out of Work 21 82 10

主なアルバム

年度 タイトル レーベル 最高位
1961 Dance 'till Quarter to Three LeGrand 6
1962 Twist Up Calypso LeGrand
1962 Gary U.S. Bonds Greatest Hits LeGrand
1981 Dedication EMI 27
1982 On the Line EMI 52
1984 Standing in the Line of Fire Phoenix
2001 King Biscuit Flower Hour Presents Gary U.S. Bonds King Biscuit
2004 Back In 20 M.C. Records






New Orleans(Frank Guida/Joseph Royster作)は60年ゲイリーU.S.ボンズが放った全米6位のヒット曲。このブログの実質上の第1回のご紹介となる。実は昨年末に小原孝の『 小原孝のピアノ詩集~また逢う日まで~』の「学園天国」(ピアノ曲にアレンジされているが)を聴いてからこの曲が頭の中でリピートしていた。「学園天国」は井上忠夫作曲のフィンガー5や小泉今日子のヒット曲。その原曲(?)に聴こえるとか聴こえないとか...。いずれにしても”hey hey hey ...”の部分は強烈に印象に残る。 ニール・ダイヤモンド,ジョーン・ジェット,ビル・ヘイリー,ニッティ・グリティ・ダート・バンド,ヴェンチャーズなど多くのアーティストによってカヴァーされている。

BEE GEES・えきすとら(1)ISLANDS IN THE STREAM

ISLANDS IN THE STREAM(アイランズ・イン・ザ・ストリーム)


ケニー・ロジャース(Kenny Rogers、1938年8月21日、テキサス州ヒューストン生)とドリー・パートン(Dolly Parton, 1946年1月19日 、テネシー州セビアビル生 )というアメリカ・カントリー界の超大物同士によるデュエット曲。二人が関わってカントリー・チャート入りした曲はあわせて200曲近い。ケニー・ロジャースは日本ではあまり知られていないがUSAフォー・アフリカではソロ・パートも努めるほどの実力者。ドリー・パートンはオリビア・ニュートン・ジョンの「ジョリーン」やホイットニー・ヒューストンの「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラヴ・ユー」の作者というほうが日本では解りやすいかもしれない。2人はアメリカのナショナル・チャートでもこの曲以前にナンバー1ヒットをそれぞれ放っている。楽曲提供はビー・ジーズ。プロデュースはビー・ジーズのバリー・ギブと『サタデー・ナイト・フィーヴァー』のサントラ盤でもビージーズの共同プロデューサーだったアルビー・ガルテン・カール・リチャードソンのチームというなにからなにまでスーパーな組み合わせ。1983年ケニー・ロジャースのアルバム『Eyes That See in the Dark』からのファースト・カット。 ヒットのほうもナショナル・チャートとカントリー・チャート・アダルト・コンテンポラリーチャートでナンバー1。RIAA公認のプラチナ・ディスクとなるウルトラ・ヒットを記録。2005年におこなわれたCMT(カントリー・ミュージック・テレビジョン)のオール・タイム・カントリー・デュエット調査では歴代ナンバー1。


もちろん当ブログのサブ・タイトルはこの曲から引用。


またソングライター・チームとしてのギブ・ブラザーズ(ビー・ジーズ)はこの曲のカヴァー・ヒットによりイギリスで前人未踏の大記録を達成。それは60年代・70年代・80年代・90年代・00年代の連続5ディケイドでナンバー1ヒットを記録。これはバカラック・デイヴィッドのチームやレノン・マッカートニーのビートルズチームやストック・エイトケン・ウォーターマンのチームでもなしえなかった快挙。

60年代「マサチューセッツ」「獄中の手紙」
70年代「恋のナイト・フィーヴァー」「哀愁のトラジディ」
80年代「ユー・ウィン・アゲイン」「ウーマン・イン・ラヴ(バーブラ・ストライザンド)」「チェィン・リアクション(ダイアナ・ロス)」
90年代「愛はきらめきの中に(テイク・ザット)」「ワーズ(ボーイ・ゾーン)」「哀愁のトラジディ(ステップス)」

00年代「バリー・アイランズ・イン・ザ・ストリーム(コミック・レリーフ・チャリティー(ヴァネッサ・ジェンキンス&ブライン・ウェスト・フューチャリング・サー・トム・ジョーンズ&ロビン・ギブ))」

※アーティスト表示の無いものはビー・ジーズによるヒット。