寿司が好きだ。
日本人ならきっと誰もが一度は思ったことがあるはず。酢飯を考案した人は天才だ、と。

かれこれ3年ほど銀座の歯医者に通っているのですが、ランチを食べるときは絶対にここ、と決めている寿司屋があります。
握りでなく丼ものですが、夜だったら絶対食べられない値段で素晴らしい江戸前寿司が食べられます。

ランチは鯛のごま和え、づけ(まぐろ)、穴子を中心に2色丼や3色丼を提供。1,000円、1,500円のメニューもありお手頃価格。もちろん握り寿司もありますが値段はそこそこします。

最近穴子が好きになってしまい、穴子とづけの2色丼を頼みました。
ふっくらと煮た穴子。口に含むと味が奥まで染みてます。そしてふんわりと柚子が香ります。完成度の高さに心の中でガッツポーズ。
づけも少し濃いめの醤油づけと酢飯のバランスが絶妙で同時に食べると至福!まぐろがよくつかっててねっとりと濃厚な味わい。そして山葵の香りが高い。一緒に食べるとまた違う世界が広がります。
穴子食べてづけ食べて、山葵つけてづけ食べて、穴子だけで食べて、穴子と酢飯で食べて、づけ食べてまたづけ食べて。。。
2色丼なのに食べる順番は無限大なんじゃないかと。気づいたら10分ほどで食べ終わってしまいました。ちなみに隣を見ると私と同時に同じ丼ものが提供された2人組は既にお会計済ませていました。
さすが江戸前。さくっと食べるのも粋なのかも。

ところで、江戸前とは何か。
以前ランチの終わり頃にお店に行ったことがありまして、店内が落ち着いていたこともあり、ありがたいことに大将(と勝手に命名)から話を聞けました。
大将に「うちはナマでは魚は絶対提供しないんだ!」と言われ、愚かな私は「え!?づけのまぐろや鯛は火入れしているんですか!?」と反応し大将茫然自失。私、粋を理解していません。それ以上に文脈を理解出来てません。
大将が丁寧に教えてくれました。「ナマ」とは、魚を切ったそのままの状態で提供すること。江戸前寿司はナマの魚を昆布でしめたり、ダシに漬けたり、煮たり。その素材が1番美味しい状態になるよう時間をかけてひと工夫仕事してからお客さんに提供しているのだと。

なぜこのような手間ひまをかけているのか。
握り寿司は江戸時代に屋台で立ち喰いで食べるスタイルで提供されたのが始まり。どちらかというとたこ焼きとか小腹が空いた時にさくっと食べるカジュアルな食べ物でした。
屋台なので冷蔵庫もなく、ナマモノを常温でも保管出来る工夫が必要で、素材に合わせて日持ちする技術が発達。それが今の江戸前寿司に生きているのだとか。

そこまでしなくても、ナマモノの保存は難しいんだから屋台では日持ちするもの売ればいいんじゃない?と、思うのが現代っ子。
この立ち食い握り寿司は江戸で大流行していたそう。美味しいものがわかる人と届けたい人。そういう国民性があったから江戸前寿司が誕生して市民権を得たのかも。

立ち食い寿司が江戸で流行ったのもせっかちな江戸っ子ぽい。せっかちが粋とも言われるけど、粋とは何か。
お寿司屋さん曰く、
「表側からは見えない部分に、いかに心を配りこだわるかということ。江戸文化の根底にあるこだわり」。
素材の一つ一つと深く向き合い、何が1番適しているかを見極め、手を尽くして何時間、時には何日もかけて下拵えする。
そして、そんな手間ひまかけた素材を何事もなかったように屋台でさっと提供して、お客さん
はさくっと食べて出て行く。
ムダに暑苦しくしない、でも最大限の敬意を払い、お互いが通じ合う。格好いい世界。

美味しいだけでなく、粋を感じることが出来る。
お寿司は偉大。