断捨離とかミニマリストとか、そういう言葉を耳にすることが少なくなくなったと思う。


モノを持っていればいい、じゃないんだよ!

持っていない幸せ、があるんだよ!

って一生懸命叫んでいる人たちがいる。


そういう人たちは、実際にモノを捨てて、選ばれたモノたちだけで生活し始めたことで、新しい人生が始まったようなことを言う。


そしてそれってすごく、庶民にとって都合がいい。

だってお金がないんだもん!

資本主義様様がこれを買ったら幸せになるよー!って、いろんなモノをキラキラさせてくれたとしても、買えないんだもん。

買えない私は価値のない私。資本主義の中の私は価値のない私。

いつも何かが欲しくて、苦しい私。



でも、断捨離ミニマリスト軍団に入れば違う。

持っていなくていいの。持ち物は少ないけれど、これは私が厳選したこだわりのもの。

これだけあれば私は幸せなんだ!って言っていればいい。




よし、そうしよう。モノを買うのはやめよう。

それで幸せになれるのならば、それに越したことはないよ。




と、思えれば良かったのだけれど、私にはどうやら無理みたいです。

特に欲しくなってしまうのが、ファッション系のもの。

人によっては最も要らないものなのだろうけれど、季節の変わり目にはうずうずしてしまう。

春に合わせたアイシャドウも欲しい。

どうしたって八木ありさちゃんかわいい。


でも、たくさん欲しいわけではない。

たくさん買ったって全部を同じように使えるわけではないことくらい、22年間の中で学んできた。

でも欲しい。何かが欲しい!!!!

これも私が厳選したもの、これも特別なもの、これもどうしても必要なもの。

そうやってどんどん増えていってしまう。



これって資本主義に踊らされているの?と悲しくなることもあるけれど、きっとこれが私にとっては正しい選択なんだと思う。


私には、ミニマリストに幸せを見出すことができない。


ある程度モノを買って身の回りを少しずつ更新しないと、楽しくない。


そのたびにいらなくなったものはリサイクルに出したり、違うことに利用したり、捨てたりして、排出もする。


そうやって一定量を保つことに、私は幸せを感じるみたい。