最後の投稿になります。
こんな、放置のブログに目を通していただき、誠にありがとうございました。
鼻血以降は大きな問題もなく、38週0日の予定帝王切開により次女を出産しました。帝王切開になったのは長女が帝王切開だったためです。
第一子は梅ヶ丘産婦人科でタイミング法で授かり、第二子は新橋夢クリニックで体外受精で授かることができました。どちらのクリニックでも大変お世話になりました。
第一子を妊娠したのは33歳、出産は34歳でした。生後2ヶ月から海外での子育てとなり、また仕事を辞めてしまったことから、なかなか第二子が欲しいという気持ちにならりませんでした。37歳の時に父が急に他界してしまったことから、私達夫婦がいなくなってしまったら、長女はひとりぼっちになってしまうと急に不安が湧いてきて、二人目妊活を始めました。また、長女もよく「ずっと、この3人でいようね」と言っていて、別に姉妹が欲しい感じでもなかったのですが、年中頃になると突然、妹が欲しいと言い始めたことも第二子を授かりたいと強く思うようになりました。
一人授かっているから、そんなに大変じゃないだろうとタガをくくっていたのが大きな間違いでした。
1年くらいで体外受精に移行しましたが、胚盤胞はそれなりにできるものの、着床せず、着床しても流産したりで、自分が当初想定していたよりも何十倍も大変でした。
私の場合は、新橋夢クリニックで移植するまでに梅ヶ丘、リプロで10回ほど移植しました(たぶん)。色々検査もしましたが、母体に問題はなく、卵の問題だと言われ、pgt-aに踏み切り、それが上手くいきました。なので、私の不妊の原因は、加齢による染色体異常の卵が多かったのだと。
私の場合は、第二子を妊娠するまでに4年ほどかかってしまい、妊娠した時は41歳、出産は42歳になってしまいました。
大学病院で出産しましたが、もちろん一番高齢でした![]()
思えば、主人と結婚してから、二人でいたのは1年半くらいで、その後、約8年は長女と3人での生活でした。3人で過した期間が長く、未だに次女が家族の一員としているのが不思議な感じがします。
次女をなかなか諦めきれなかったのは、四柱推命でもう一人子供が生まれるとでているよっと言われたこと、年の離れた姉妹が生まれると言われていて、移植が失敗続きでも、絶対来てくれると思えたのでした。
本人がダメっと思ってしまったら、四柱推命も外れていたと思います。昨今は、占いなどは信じておりませんが、何か心の拠り所があったおかげで治療が続けられたのだと思いました。
いままで、この雑なブログを読んでくださり、ありがとうございました。少しでも皆様のためになればいいなっと思います。