

上の画像は、1985年~1991年の日経平均月足チャート
下の画像はhttp://www.invast.jp/blog/cafe/archive/2010/12/post-57.html
こちらから、拝借した月足のドル円チャート
日経平均がバブル相場になったきっかけは、プラザ合意だと言われてん
当時米国は貿易赤字で苦しんでたみたいやな。当時のドル円レート240円とかやから
G5(米国,英国,旧西ドイツ,フランス,日本の5カ国蔵相会議)で協調介入して
ドル高是正してくれ~~ちゅうのが、プラザ合意ってやつなんやな。
チャート見ればわかるねんけど、プラザ合意(1985年9月)後からのドル円の下落はハンパないわな。
他通貨とのドルの関係はココ
プラザ合意後、3か月後には日本は円高に対する輸出産業の競争優位が損なわれるのを危惧して、
公定歩合の引き下げに入る。
立て続けに引き下げしてるのがわかると思う。
5%だった公定歩合は、一気に2.5%まで下がり同時に市中金利も下がった事で
企業は設備投資に目を向け、銀行に融資を依頼し内需が拡大され
輸出産業のマイナスを国内産業で補おうとした
しかし、同時に不動産や株式投機への温床となったわけやな( ̄▽+ ̄*)
1987年2月には急激なドル安是正の名目でルーブル合意が行われてん。
日本はこの時に金利下げて、2.5%までに持ってきてんけど、同時にドル買いもやったんやな。
民間企業が売りに出すドルを円で買いまくったから民間企業は円を抱えたと。
今の日本と違って、余った円は資産購入にまわされたわけや
今の日本なら、貯蓄か日本国債にまわるわけやけど当時の市場は日本国債市場は1985年に上場したばかりで未成熟だったこともあって、不動産や株に回ったとさ
この時あたりから、土地神話が出来上がってきて転売が増えてきたんやろな( ´艸`)ぷぷ
銀行の融資は土地の値上がり益を担保に、土地さえあれば融資を積極的にやってきたもんやから日本のバブルは加速していったよと
銀行は信用創造できるわけやから、(信用創造っちゅうんは、あなたの銀行への貯蓄が100万あれば、銀行はその100万を元手に1億くらいのお金を企業に貸し付け出来るちゅうおかしな仕組みやねんな。1億で貸し付けた時についた利息分は銀行の収益になるんやで?ボロイ商売やろ?しかも、1億に見合った担保としての土地なんかを債務者から合法的に取れるん。今は、BIS規制がかかって貸し出し資金に限界あるけどな)
せやから当時、本当に際限なくマネーサプライ増えたと思うねん
というのも、当時銀行の信用創造を規制するBIS規制はなかったもんやから
せやけど、1988年にBIS規制が定められたんや
BIS規制は、国際業務をおこなう銀行の
自己資本比率を8%以上と定める事で国際業務を行う銀行の健全化を狙った政策と表上言えるわけやな。
自己資本比率っていうのも、イメージがしにくいと思うねんけど
銀行の自己資本は他人から借りていない純粋な資本と株式の含み益(45%)などが当てられる
それを、貸し出し残高などで割った数値が8%以上ないとあかんよ~~
と定めた国際的な決まりやったわけやな。
当時の日本の銀行は、土地を担保にいくらでもお金融資してん。
だから、ソニーはコロンビア買収とかしてん。
東京23区の土地代でアメリカ全土が何度も買えるって言われてたくらい土地神話は不滅やったわけやな
というわけで、海外にも思いっきり貸し出ししまくってた銀行にしてみれば、BIS規制のような自己資本比率を定められたのは手痛かったわけ
まぁ、さすがに欧米資本家にとってしてみても日本の信用創造で買収攻勢かけられても困るから
先手打ったわけやな。
自己資本比率をあげる為には、単純な話
貸し出し残高を減らすか?株式の含み益を増やして45%の金額を増やすかに充てられるわけ。
株式の含み益が増えれば、自己資本比率が高まるので株価のバブルは銀行に有利に働いたんやな。
貸し出し残高減らすっちゅうんは、よーは、貸した金かえせよという貸しはがしするってこと。
続く・・・
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