前回blogを書いて、何回かまばたきしたらもう10月が終わりそうです。

 

そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

ネットでふと見た記事。

Twitter(現:X)に投稿されたつぶやきを取り上げています。

 

 

 

 

 

 

 

つぶやきの投稿者さんの乗る電車に、車内アナウンスを繰り返し声に出す青年が乗り込んで、その方の隣に座られたとのこと。

 

この記事によれば発達障害のひとつである「自閉症スペクトラム」には言葉を繰り返す特性がみられるそうです。

 

友人のお子さんにも言葉を繰り返し続ける方がいます。

 

周囲から言われた言葉や聞こえてきた言葉をを何度も何度も繰り返す。

友人のお子さんの場合、それは5年前、10年前に言われた言葉もあると聞きました。

 

 

そのような方と接したとき、私はただ見守るしかできなかったですが、件のつぶやきの投稿者さんは以下のように心の中で語りかけたそうです。

 

 

「よくぞ、私の隣に座ってくれたね。電車が好きなんだね。大丈夫、不安にならなくていいからね。ひとりで電車に乗れるなんてすごいじゃない。たくさん頑張ってきたんだよね。」

 

 

 

 

 

 

この語りかけは、

私には「祈り」のように思えました。

 

 

祈りって決して宗教的なものだけではなくて

大いなるものに懇願する手法でもなくて

 

そのひとの奥にある、

crystalのような変わらないものを観続けることのように思うので。

 

 

 

 

 

 

 

翻って、今の自分。

文字で綴る気力が湧かなくてなにもできていない。

そう思ってしまいがちだったけれど。

 

 

確かに、目に見えること形になるものはなにも成していない。

 

 

でも、体の動きが悪くても

意識においては変わらないものを観て、そこへ向けて心の中で語りかけていたいです。

 

 

せめて10月のうちにしたためておきたくなりました。

 

 

 

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そしてたぶんこの記事のつづき、というか補足の意味も兼ねて。