ポーンという軽快な音とともにエレベーターは目的階に着いた。
「たしか…この階の…」
キョロキョロと部屋を確認しながら独り言を言って先を歩く翔さんのあとを、ただ付いていく。
「ここだ」
コンコン、と、楽屋のドアをノックする。
中から、返事をする声。
開いたドアから顔を出したのは、例の。
『翔さんの婚約者』、だった。
ドアを開けた時の、怪訝そうな顔は一瞬で。
翔さんの姿を認めて、彼女の表情は一気に明るくなった。
「櫻井さん!来てくれたの?」
パッチリとした目は潤み、頬はピンク色に染まって、上目遣いに翔さんを見つめている。
「嬉しい!会いたかった…」
素直に喜びを表して…
恋をする女性の、表情。
キラキラと輝いて見えるほど、それはとても、綺麗で。
その長い髪をなびかせて、翔さんの胸に飛び込むのを、ただ……見ていた。
そっか、そうなんだ、
翔さんは俺に婚約者を紹介しようとして。
目の前で幸せな姿を見せて、往生際悪くメソメソしてる俺に、引導渡そうとして。
そうなんだろ。
そういうことなんだろ。
それが…翔さんの、誠実さ、なんだね。
そんなの……
残酷すぎるよ。
もう、立ってられないよ。
無理だよ、俺……
息が、苦しくて、
胸が痛くて、
見てられなくて。
頭がくらくらする。
崩れそうになる脚になんとか力を入れて。
振り返って立ち去ろうとした俺の手を、翔さんが慌てて掴んだ。
そして、穏やかに、そっと、胸の中の彼女を離した。
開いたままだったドアを閉める。
その仕草に、彼女はハッと俺を見る。
俺が居ることに今、気づいたみたいだった。
ちょっと、手……離してよ。
彼女が誤解するでしょ?
振りほどこうと力を入れたその繋いだ手を、翔さんはもっと強い力で握った。
そして、真っ直ぐな目で彼女を見た。
「ごめん、もうお断りしたはずだけど、伝わってないみたいだから、もう1度言う。
俺は、あなたとはお付き合いできない。
俺が好きなのは……、コイツだから」
「……え」
「コイツ以外、考えられないから。だから、ごめんなさい。
あなたとの縁談は、無かったことにしてください」
そう言って、深々と頭を下げる。
なに……何言ってんの?
驚いて……何も言えない俺の手を引き寄せて、
背中に手を回す。
磁石が、引かれあうように、俺たちの、からだの半分がぴったりとくっついた。
それを見て。
目の前の彼女の顔が、固まって。
それから、突然笑い出した。
「何言ってんの?男同士で、何それ?
ありえない、そんなの!
そんなこと、許されるわけが無いじゃない。
先の見えない、未来なんてない関係なんて、そんなの、歪だわ!」
「歪でも、歪んでいるように見えても、関係ない。俺には、コイツしか…ニノしか、考えられないんだ。
未来がないなんて…俺は思わない」
「これがバレたら大騒ぎになるわよ?バラしてもいいの?あなた達の人気も、キャリアも将来も、めちゃくちゃになる」
「あなたは… そんなこと言わない。バラしたりしない。
短い間だけど共演して、そんな子じゃないってわかってる。
それに…なんなら、それでもいいと思ってる。
バレてもいいって。俺がニノが好きだって気持ちに、やましいことなんかないから」