就職から逃げ出した陰キャ転職魔のブログ

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社会不適合すぎてぐうたら幸せに暮らせてます。

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21歳、新卒で埼玉で働いていた僕。



当時は美容業。

仕事自体は楽しくて、
やりがいあって、
好きなことだったし、
 

まぁまぁやっていけてました。



でも、
 

薄給激務がヤバすぎて、
だんだん精神的に病んでしまって。



年功序列で
後輩にめちゃ厳しいし、

器用じゃないから
思ったように結果出ないし。

やる気がどんどん落ちていって1年半で辞めちゃったんです。



悔しい気持ちもあったけど、

正直、辛い環境から開放されてハッピー!



………な時間も束の間。



地元に帰ってきて、

じゃあさっそく再就職活動!

ってことになります。

現実問題、
僕ら人間はお金がないと生きていけませんからね。



(しばらく働きたくねー)

とか心の中で思いながら、

 

 

 

ハロワで見つけてしゃーなく面接受けた会社から、
 

まさかの採用通知。



なんでも、

20人以上の公募の中から
僕が選ばれたらしくて。

そりゃ~~~行くっきゃないでしょう…!



美容業時代、最低手取り8万円(!)だった僕は

 

「差し引き13万ももらえるの!?バブルや!」

 

てノリで面接受けてました、本気で。
 

プロの世間知らずですねw

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新しい勤め先は、田舎の小さい製造工場。

で、面接の時は
社長と専務とだけ話したんです。



僕が入る現場の長は別の人で、

まだ顔を見たことがありませんでした。

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初めての出勤日、
初対面の上司にご挨拶。

「今日からお世話になる山吹です、よろしくお願いします!」

「よろしく、まだなんもわかんないよね?」

「はい!1から教えてください!」

「………」



信じられないかもですが、
 

僕が彼とマトモに言葉を交わしたのは
これっきりです。

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挙げるとキリないですが、
上司の”奇行”を思い出せる限りご紹介。



・マシンの操作方法を聞いても答えない

(ぜんぶ見て覚えた)
 

 

 

・生産計画表の書き方・読み方を聞いても答えない

(最後まで何も分からなかった)
 

 

 

・20~30分に1回、勝手にタバコ休憩で消える

(ここは40℃超えの現場でして、僕を1人取り残して涼しい休憩室で座ってましたね)
 

 

 

・勝手に別の仕事に移っていて「おい!」と怒鳴られる

(”来るのが遅い”という意味)
 

 

 

・製品の品質基準を聞いても答えない

(OK品を捨てたりNG品を入れたりすると「違う!」とだけ喋る)



・道具を使いっぱなしでお昼に入ってしまった僕の目の前に「ドンッッッ!!!」と工具をブン投げられる



・何も教えてくれないのに、隣の部署の人と「またこいつやらかしたよw」と嘲笑



・普段は極端に声が小さい上司、絶対に聞こえない距離から(彼なりの)大声で業務連絡

(使えない僕のために歩くのが面倒だったのでしょう)



・仕事を覚えるために手元を必死で覗き込んでいたら「暗(くれ)ぇよ、邪魔」と勉強不可能状態にされる



・「僕はどうやったら仕事覚えられるんですか!?」「………経験だな」

(経験させないのはどこのどいつだ…)

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国士無双も真っ青のアルティメット役満w

どこで生まれて
何を食って生きてたら

こんな人間に育つんだ???



ちなみに30人程度のマジで小さい会社なので、

 

僕が配属された部署は上司と僕の2人だけ。
 

=逃げ場ゼロ。

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社会人歴2年で
さっそく窮地に立たされた山吹。

さすがに周りに相談します。



「あの人よくわかんないんですけど…」

(これまでの事情説明)



隣の部署の先輩「俺にはわからん、あの人にはあの人のやり方があるから」

(ずっと一緒にいて仲もよさそうにしてるあなたがわからんのなら僕はもっとわからん…)



ベテランアルバイトのおじさん「あの人、俺もよく知らないんだよね」

(たしかにあれじゃ~めったに関わらなそうっすよねぇ…)



社長・専務「う~ん………分かんなかったら聞いちゃえ!」

(いや、あの、5ヶ月間毎日やってます…)



(あ、終わった、辞めよ)



当然の選択ですよね。

・話の分からない直属の上司
・話の分からない他部署の先輩
・話の分からない経営者

ときたら、

わざわざ辛い思いして
働き続ける意味なんて1mmもありません。



「辞める」旨を伝えたら
社長は残念そうにしてましたが

「学生の頃にいた派遣会社でもう仕事決まったんで」

とかなんとか言って、
ドロンしました。

(↑もちろん嘘なんで、晴れてニートに逆戻り~♪)



僕が5ヶ月で辞めることを知ったネグレクトおじさん、

 

僕の肩をひじで軽く小突きながら

 

「もう辞めんの?保険とかやってもらってんだろ?また迷惑かけんのかよ~w」
 

うん、迷惑だよ(僕にとってお前がな)

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この世の最底辺を味わった山吹誠、

 

晴れて”労働恐怖症”に罹(かか)りました。

 

 


1社目の美容業の会社は大きくて、
それなりに融通が効いたんですけど。

2社目のここで
マジで死ぬかと思った。



「小さい会社ってダメね!」

が植え付けられてしまいました。



そこから派生して

「小さい会社ってダメね!」

「正規雇用って逃げられないからダメね!」

と進化していき、
 

それ以降はずっと派遣社員として働きました。



派遣って融通が効きすぎるので、
謙虚さがなくなって

・遊びのために遅刻・早退
・「気分じゃない」だけで無断欠勤
・「誰々がダルい」だけで派遣先バックレ

履歴書真っ白クズ人間が誕生いたしましたw

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山吹誠が”労働”を目の敵のように叩くのは。

山吹誠が人一倍、
労働=怖い・辛い・苦しい・嫌いと感じるのは。

すべて、22歳の頃に受けた
 

職場ネグレクトによるものなのです。

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当時の5ヶ月間は
24時間ずっとクソ気分で生きてましたけど、

今となっちゃ~
いいところもあったなって思います。



『資産家ニート生活』が手に入ったからです。



職場ネグレクトを受けて、


労働に対する偏見が強くなって、
 

労働すること自体が苦手・嫌いになって、「もうこれ以上ムリ!」てなって。

→労働以外の選択肢を強く追い求めるようになった。



本気で頭使って、
本気で実現しようって思えた。

だから、楽して生きられる今があるんだと思います。



もし、中途半端に
ホスピタリティがある上司の下で働いてたら。



僕は今でも、
油まみれの作業着を着て

40℃超えの現場を
バタバタ走り回っていたことでしょう。



気の合わない人間たちと50年間、

同じ屋根の下で

いがみ合い・つばぜり合い、

精神をすり減らしながら日々を過ごしていたことでしょう。



会社の飲み会で作り笑顔しながら、

1mmも興味ない
おじさんたちのグラスに
 

ビールを注いで回っていたことでしょう。



「若いモンほどよく動け!」
 

とかいって、

新しくできた後輩にキモい価値観押し付けて

嫌われながら働いてたかもしれません。



「大人になったら夢は一つ!」
 

とかいって、

趣味や遊びの機会をすべて諦めて、

毎朝きっちりタイムカードを押すことを選んでいたかもしれません。



うっっっわムリムリムリムリw

社会人初期にちゃんと”いじめ”られといてよかった。

や、複雑ですけどw

 

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