シリーズが始まります。私の最も好きな作家であります司馬遼太郎の傑作のドラマ化ですが、彼の作品はたくさん大河ドラマになりました。けれども「坂の上の雲」は、ドラマ化は不可能と言われていました。なぜなら日露戦争の戦闘場面などばく大な予算が必要だからです。このドラマ化が決まった時、私はNHKの英断に感謝致しました。
しかし、この原作は大変な誤解をされ続けて来ました。一部の方々は読んでもいないのに、戦争賛歌だ!とか、明治帝国主義礼讃!だとか、全くの誤解です。しっかり読んでから言って下さい。
「坂の上の雲」は、前半と後半に大きく分かれると思います。前半は、松山出身の3人の主人公の青春を描き、後半は日露戦争の場面です。私は特に前半部分が大好きです。とてもやんちゃ坊主の秋山弟と、やたら厳格な秋山兄。そして弟と親友であった正岡子規の儚くも強い芸術家魂。そして子規の妹律子と秋山弟との微笑ましい恋。富国強兵をスローガンに西洋列強諸国に追い付こうと必死にもがいた時代。でも普通の人びとの、恋あり涙ありの、ほろ苦い夏目漱石風(司馬遼太郎は夏目漱石が大好きでした。)青春群像劇。
まだ見えない何かを目指して坂を登ろうとする三人の青春と重ね、明治時代を描いたのでしょう。



それにしても、このドラマの配役はお見事。秋山弟役のモックンと秋山兄役のアベちゃんはハマりすぎです。原作では2人共、日本人離れした西洋人に近い容姿。となっていますが、2人の写真も残っていて、まさに雰囲気そっくりです。でもそれ以上に凄かったのは、正岡子規役の香川照之さんの熱演です。顔もそっくりでしたが、子規の魂が間違いなく乗り移っておりました。去年の大河ドラマ「龍馬伝」の岩崎弥太郎役もはまっておりましたが、彼の子規は鳥肌でした。シブい所では、乃木大将役の柄本明さんもさすがですね。
司馬遼太郎はいつも書いておりました。日露戦争までの日本人は、謙虚で控えめで、本来の武士道精神を大切にして、相手を思いやって、真心を持っていました。しかし、絶対勝てないと言われていた日露戦争に(たくさんの幸運がたまたま重なっただけなのに)勝ってしまってから勘違いをしてしまい、軍部の暴走が始まります。傲慢で、思いやりの心を失ってしまいました。世界情勢の問題もありましたが、侵略戦争をどんどん進めて行きました。そして、日露戦争よりももっと勝つ見込みのない太平洋戦争に突入し、空襲で焼け野原にされ、最後は原爆まで投下され、全てを失いました。自業自得と言えばその通りですが、私が思うのは、軍部の責任も大きいですが、国民一人一人が、真実を見る目を失い、欲を出し、勘違いをし、傲慢になった事が、恐ろしい無意識の闇のエネルギーを集め、そのエネルギーを軍部は利用して、あの誤った戦争を起こしてしまったのでしょう。
司馬遼太郎はあのあやまちを、2度と繰り返さないために、同じ撤を踏まないように、そして日露戦争以前の日本人の美徳を忘れないように、「坂の上の雲」を書いたのでしょう。なぜなら彼は戦争に取られて、戦争がどんなに愚かで
つらく苦しいものなのか、実感として経験しているからです。そして一人一人の無意識の中の闇の恐ろしさも、それが戦争すら引き起こしてしまう事を、
彼の真実を見る目はお見通しだったのです。























