7.13新潟豪雨から6年
2004年7月13日。
新潟県の中越地方が豪雨に襲われ、川が決壊、大変な災害となりました。
その頃は新潟県の高校生だったわたくし。
朝からすさまじい雨が降っていて、分水駅に着くと通学に使う越後線は始発からストップしていました。
傘を差していても猛烈な勢いで雨粒が降りかかってきて、制服から教科書までびしょ濡れに。
吉田駅まで行ったのですが新潟方面の電車が動かないので、駅の近くにある母方の祖父母の家に一時避難し、列車の運転再開を待ったのを覚えています。
昼前にはなんとか学校まで行けたんですが、被害状況が深刻なので午後の授業が中止になりました。
それで家に戻ろうとしたんですが、帰りも越後線の吉田ー柏崎間が運転中止になって、吉田の祖父母宅に避難しました(;^_^A
ニュースを見たら、あの日の新潟県内は大変な被害でしたね。
父親の会社がある三条市も多くの地域で床上浸水し、車がダメになってしまいました(x_x;)
それにしても、あれはすさまじい災害でしたね?
あれから6年がたちました。
新潟の田舎もの高校生だった私も、古都・奈良で大学卒業を控えています。
電車の待ち時間に家で休ませてくれた祖父も亡くなりました。
時間の流れは早かったですが、あの日の記憶は死ぬまで残りそうですね。
今日も新潟県内は強い雨が降っています。
毎年7月13日は強い雨が降っているような気がします。
この災害では逃げ遅れた高齢者など15名が亡くなり、今日は県内各地で黙祷がささげられました。
【平成16年7月新潟・福島豪雨】
12日夜から新潟県中越地方や福島県会津地方では非常に激しい雨が降り、栃尾市 や下田村では総雨量が400ミリを超す記録的な雨量を観測した。
このため、信濃川水系の五十嵐川や刈谷田川、中之島川の堤防が11ヶ所で決壊し、五十嵐川流域の三条市と刈谷田川流域の中之島町を中心に、長岡市、見附市など、広範囲で浸水被害が発生した。
三条市では、堤防の決壊による被害が五十嵐川の左岸側(流域南側に位置するため「嵐南」と呼ばれる)だけに集中し、「人災では」との批判があった。また近郊の高台にあった新潟県立月ヶ岡養護学校が一時、地域住民の避難所として使用されている。
死者は福島県昭和村での1人を含め16人。全壊70棟、半壊5,354棟をはじめ、20,655棟に被害が出た。
(wikipediaより・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%88%9016%E5%B9%B47%E6%9C%88%E6%96%B0%E6%BD%9F%E3%83%BB%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E8%B1%AA%E9%9B%A8 )




