いまさらですが、
最近、ハリーポッターの5巻を読み終えました。
やったら分厚くて、前に読んだ3巻と4巻を重ねたよりも厚みがあるんじゃないかと思うほどでしたが、
読み終えました。
日本語版を3巻で挫折した人間ですが、
英語版なら、楽しく読めます。
自分の英語力が、ハリポタレベルなのか、と、悲しくなったりもしますが、
事実なので、しょうがない。
読み進めて、わかったのは、
この本、意外と面白い。ってこと。
はじめの3巻くらいまでは、
ゲームっぽい、軽いファンタジーという感じでしたが、
その後は、ちゃんと流れが見えてきたように思います。
5巻の最後の章は、
「第二の戦争の始まり」とかそんな感じのタイトルだったと思いますが、
なんだか、これからの現実世界を描いてくれているんではないかと、
ほんのり期待していたりします。
本は、読者の数だけ物語をつむぐと思うんですが、
私の場合、ハリポタ5巻は、大まかに、下記のようなことを物語っているように思えました。
「大きな敵がゆっくりと、静かに忍び寄っている。
誰も知らない。
誰も知りたくない。
目をそらすための材料なら、喜んで受け入れる人々に、
政府は格好のニュースばかりを持って現れる。
『敵なんかいない。平和そのものだよ』と。
しかし、信じていたものが、ある日突然崩れるように、
真実を突きつけられる日が必ず来る。
何の準備もする間を与えられなかった人たちは、
呆気にとられ、絶望するかもしれない。
これはまだ序章である。
準備をしよう、『大きな敵』が本気で、全速力で襲ってくる前に。」
・・・がはは。
結構、私の勝手な解釈が入っているけど、
まぁ、物語を読むって、こういうことよね。
J.K.ローリングさんが、何をイメージして書いたのかは、わからないけれど、
私には、世界的な金融危機とか、戦争とか、地震だとか、伝染病だとか、
その他諸々の地獄絵図的なことが起こる、と、、、
・・・起こると思ってるもんだから、
こんな風にハリポタのファンタジーがリアルに見えてしまうわけで、
ファンタジーって面白いね。
何でこういうのが、児童文学という枠にはめられるのか、
ちょっと残念だよね。
ノンフィクションの経済本だとか、政治に関する本とかより、
よっぽど本質を語るのにね。
ハリポタに限らず、児童書は面白いと思うよ。
まじめに。
・・・だ・か・ら!
何で、あれらが、児童書だと言うのか、わからん。
大人は、「目くらまし」がだーい好きだ。
もう一度、絵本とかから、始めたほうが良いようにも思うぜ。
はて、さて、
次にハリポタを読めるのは、いつになるかねぇ。
春休みかな?
あれ、時間とるんだよ。
しかも、はまると、ほかの事できなくなるから、アタシ。
馬鹿でねー。ホント困るのよね。
ほれでは皆さん、ごきげんよう。
今度、日本に帰ったら、ゲド戦記を読破したいと思っています!
熊弐世