もし、人生がマラソンなら、ランナーは一生タイムマネージをしつつ、ベストタイムで走り続けなければいけないだろう。
・・・何が言いたいかって、そんなの最強につまらないだろう。
ということ。
もちろん、私の偏見によるものだけど。
私の場合は、マラソン的な行き方は不可能だと、中学校のときのロードレースと今までの人生の流れで結論付けた(もちろんひとまずだけど)。
私の走り方と言ったら、飛ばしたら、止まって、飛ばしたら、止まって。の繰り返し。
到底マラソンの計画性とはほど遠いいい加減なものだった。
だけど、私としては、それしか走りようがなかったから、そうしただけで、特にこだわって変な走り方をした訳じゃなかった。
ただ、他のみんなのようにゆっくり着実に走ることは、苦手だった。疲れるから。
だから、飛ばす訳なんだけど、持久力がそんなにある訳じゃないから、すぐに疲れ果てる。
というわけで、休む。・・・ガチで止まって。しばらく歩いてた。
そのうち走りたくなってきて、また飛ばす。というサイクルだった。
ついでに小さな自慢話をすると、そのロードレースの結果は、学年20位だった。
正直、ここまで不真面目な走り方でこの結果は我ながら驚きだったから、ゆるーく嬉しかった。
で、あとあとになって、この時の走り方と、自分の生き方を照らし合わせてみると、どうにもカブる。
シャカリキに何かをやった後は、休みたくなる。なーんもしないでいると、そのうちまたしたいことが出てくる。・・・ってな感じで。
それで、なんでこんなどうでも良いような吐露を書いているかというと、今がまさに止まりたい時だから。ただ、中学のロードレースと違って、自分勝手に止まれなくなったことだけはあの時より不幸なことかな(苦笑
止まりた~~~~~~い!!!!
バカンスしたいです(>o<)!!
たぶん、今更に振り返ると、イギリスの大学のリズムは結構私に合ってた気がする。
休みがクリスマスとイースターと夏に結構ガッツリあった点において。
そして、それらのタイミングも3カ月に一回くらいでちょうど良かった気がする。
日本人は、きっと人生をマラソンだと思ってるんじゃないかなぁ?と見ていて思う。
如何に効率よく全力で走り、良い成績でゴールするか。
「the日本人」って感じのがんばり屋さんを見ていると、「お疲れさ~ん」とは思うけど、全くなりたいとは思わない。私には到底無理だ。
それと、人生って、やっぱ無駄が多い方が豊かな気がする。
効率化を図れば図るほど、人生は色を失うような。。
私は、人生は、私自身が内的&外的要因によって幸せになるためにあると思っているから、そのために生きるつもりでいる。
これだけを書くと相当自己チューみたいだけど、事実自己チューなんだけど、
正確に書くと、私が幸せになるための外的要因の中に家族や、友人や、地球上に生きる全ての人や動植物などなどがなるったけ幸せであること、って言うのがあるので、まあ、そこまで重症な自己チューではないと認識している。
正直、日本人に考えてもらいたい問いがある。
「あなたの幸せとはどのような状態ですか?」
この問いが、人生の指針になると思うから。
指針なく、社会の流れに流されて、価値観までも流されて、生きていくのは、あまりにも危険だと思うから。
それは、自分の人生を他人に委譲しているのと同じことのような気がするから。
私の答えは、上に書いてある感じなの。
自分と周りと世界が幸せであること。
もっと書くなら、自分に失望せずに、いつまでも世界に対する興味を失わないこと&選択肢を自分の手に持っていること。かな?って思っている。
色んな走り方がある。
走る必要すらないのかもしれない。
日本ではその走り方の多様さや、指針の持ち方を高校の卒業以前には見せる&考えさせるべきだと思う。
みんなと同じように生きていれば、大ハズレは無いかもしれないけど、多分、もっと得られる何かを無視してして待っているようにも思える。
休みたい!
ひとまず、6月末にちょこっと休もう~~
どうも、長いダラダラ文をお読みいただき、感謝です。
また記事を書きたくなるときまでご機嫌よう。
熊子
イギリスから日本に帰ってきたはいいが、私はこれから何をするんだ??
やりたいことは山ほどあるけれど、どれから手をつけたものか、
はたまた、゛面倒臭がり”が手をつけ始めるのか。
