早く次書けってTっくんにゆわれたんで慌てて書きますね☆
この前に続いて明るくはない話ですが我慢して◎
昨日のことなんですけど、ムショーに腹がたつことがあって、悔しくて、自分自身にも腹たって悔しくて、年甲斐もなく悔し泣きしちゃったんです。
いやもうほんとに歯ぁくいしばって耐えてました。
涙こぼれてくるのを頬で感じて、ハッとしました。
僕は泣けない子じゃなかったのか
今までほんとに泣く機会がなくて、泣いている思い出も少なくて。
自分のことなのにすごく不思議な気持ちでした。
思い返せば、僕が泣く時っていうのは悔し泣きが多かったなぁと。
剣道の試合で勝ったのに、先生にすごく怒られたとき。
昨日のこと。
喧嘩して勝った翌日に、知らない濡れ衣付きで沢山の人にシバかれたとき。
自分が正しいと思ってるのに、より大きな力が上からかぶさってきて。
無力感を抱いた時人は泣くのかもしれないとおもいました。
いや、一括りにはできないかもしれない。
沢山の人がそうであるように、僕は仲のいい人や肉親の死を経験してきました。
おじいちゃんが死んだ。マックが死んだ。先生が死んだ。脱線事故でなかよかった二人が死んだ。
いづれの時の葬式、通夜でも、泣いたことはなかった。
出てくる気配さえなかった。
なんでかなぁ。なんで俺は泣けないんやろぉ。
ずっとそれで悩んでいました。
先生の葬式で唯一僕だけ泣いてなくて、友達に「何でお前なかへんねん」ってゆわれて、本当につらかったことをおぼえています。
悲しくないわけじゃない。とてもつらいのはみんなと一緒なのに。
そう考える度に自分に同情して、救えない悪循環に身を委ねて。殻に閉じこもっていました。
でも今ならなんで泣けなかったのか分かる気がします。
おじいちゃんの死体は僕が知ってるおじいちゃんじゃなかった。
先生の死体は僕が知ってる先生じゃなかった。
折尾さんや井上の死体も僕が知ってる折尾さんや井上じゃなかった。
ただ死を受け入れてなかっただけ。
何かカーテンのようなものがかかって、理解できないようにしていただけ。
ただそれだけだったんですね。
今じゃもう遅いか。
