全部の近所は知り合い。
子供たちは全部友達。上も下も。
遊び場は、道路。でも、不足感は無かった。
思い出せないが、あきなかった遊び
思い出す。あるとき。
遊んでいたときに、ちらっと見た友達の女の子のパンツ
なぜか、前には気にとめなかった、
女の子、スカート、パンツ
妹に対しては絶対にない感覚
全部の近所は知り合い。
子供たちは全部友達。上も下も。
遊び場は、道路。でも、不足感は無かった。
思い出せないが、あきなかった遊び
思い出す。あるとき。
遊んでいたときに、ちらっと見た友達の女の子のパンツ
なぜか、前には気にとめなかった、
女の子、スカート、パンツ
妹に対しては絶対にない感覚
一番、小さい子供のころに覚えているのは、
貧しかったことだ。
木造アパートの2階に階段で上がる。
ほぼ一室と台所、なんか仕切りがある。
巨人の星の、星一徹みたいなおやじと、とにかくやさしい母。
テレビは白黒が有った。でもよく覚えていない。
でも、こたつは、なぜか覚えている。
風呂は、周りの人も一緒だけど、銭湯に行くのが普通。
貧乏には、それが、一番の、今でいう再生活力だった。
牛乳も(安かったから)飲んだ。
女湯は、後になって気になった。5歳頃かと思う。
(今でも、銭湯に行く文化あればいくが、高い。家で湯をためる&粉温泉入れる。今は。)
その時は、
しあわせ とか 不幸とか
なにも きずいていない ときだった
20211210金
今日から、自分と向き合うブログを始める。
なぜか?
理由はない。思ったから。
自分だけのブログ=日記だから誰にも影響させない、されない。
まずは、一番記憶の遠い、無くなる可能性の高い、幼少期、
覚えているだけたくさん、日記する。