あれから…
二年が経つ。
3.11当時は福岡に住んでいて当日の惨状は会社のテレビ、ラジオから知った。
4月に東京への転勤を控えていて、転勤や引越しは延期になるのかもと不謹慎にも思っていたが予定通り実行され引越しのために東京に入ってから初めて関東圏も震災の影響がしっかりあることを肌で知った。
そこには報道されていない生の震災の影響があった。コンビニの照明は必要最低限になっていて水、乾電池が品切れで入荷は未定、JRなど各駅では天井の電灯は消され電気を使った看板は暗くしてあり、エレベーター、エスカレーターも停止。夜の街も灯りが消え飲食業は営業自粛。
街全体が生気を失った雰囲気だった。こんな中、新しい生活をスタートするのかぁとしょげていたが…
しかし被災地に比べればこんなもの軽度も軽度の状態。
雲泥のそれ以上の差。
仕事や住む家までも失った人の事を思えば、爪先ほどの痛みにもならないホンの些細な、取るに足らない事。
なんて小さな事で気をもんでいたのかと自分を恥じた。
二年が経ついまだに31万5千人もの方々が避難所生活を強いられている事を思えば日々の小さな問題なんて何とも無い。
最近読んだ本で、新聞記事にならなかった被災地の当時の様子を新聞記者が一冊にまとめたものがあり、そこには被災した人の数だけ悲しい現実があり、涙なくしてはページを進められない。
家があって仕事があって働けるのは何と幸せな事か。
だかしかし人間の性、欲望にまみれて周りを見失い自分を優先してしまう。
そんな行動を見てしまうと何ともやり切れない気分になる。
人口の多い東京ではパブリックスペースでは人にかまっていられないという現実があるけど最低限周りを見て行動する気持ちは捨ててはならないと思う。
やはり本当に困っている人がいるから。
そういう時には間髪入れず手を差し伸べたい。
こういう気持ち、行動が出来なくなったら人としてやはり恥ずかしいと自分は思う。
(東京オリンピック招致と一部分が盛り上がっているけど現状のホスピタリティでは…?と思うなぁ)
日々の生活に感謝し周りの人達に支えられて生かされているという事を忘れずにいたい。
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今日は暖かな日でした
コートなしで出勤。
週末も最高気温が20℃越えだとか。
春ももうすぐ。
春に聴きたい曲、または聴くと春を思い出す曲がたくさんあるけど、やはり自分は『赤いスイートピー』が断トツでナンバー1。
この曲を聴いて思い出す風景は名古屋の実家近くの緑地公園。
当時確か小学生5年か6年で、仲の良かった男友達とローラースケートをしに行った春の日を思い出す。別に初恋だとかそんなロマンチックなものではなく、また、ラジカセ持参でローラースケートをしながらこの曲を聴いてたとかでもないが、当時ヒット中だったのだろう。なぜだかあの緑地公園での風景を鮮明に思い出す。
話しを『赤いスイートピー』に戻そう。
この曲は1982年リリースの松田聖子8枚目のシングル。
それまで男性ファンが中心殆だったところ、赤いスイートピーをきっかけに女性ファンが増えたのだそう。
儚い恋心を見事に描かれたこの曲を聴けば確かに女性に支持されるのは充分理解出来る。
作詞 松本隆、作曲はユーミンがペンネーム呉田軽穂で書いたもの。
松田聖子の歌声、歌詞のストーリー、楽曲が見事に合致している名曲中の名曲。松田聖子の曲でいちばん好きな曲だ。
仮に自分の葬式のBGMを選曲するならば間違いなく選ぶ曲でもある。
当時の歌謡曲のシングルリリースサイクルは季節が変わるより早いと言われていたほどで、恐らく録音までに歌い込む時間的余裕は殆どなく、新曲を渡されて即レコーディングするくらいのペースだったはず。
某国営放送のSONGSで本人も当時の多忙ぶりを振り返って話していた。
いまでこそデジタルレコーディングが主流だが1980年代前半にはアナログレコーディングだったはずだから、いまでは殆どのアーティストがやっているピッチ調整なんてものは無く、ヘタな歌手は歌手になれなかった時代だ。
そこへきて松田聖子の歌唱力はやはり抜群だと思う。
一流の作曲陣から次々と提供される曲を自分のモノにして見事に歌い上げる力は単なるアイドルではない。ルックスやファッションだけでは築くことの出来ない類稀なアーティストだと思う。
少し話しが逸れました(^^;;
この曲の事をネットで調べてみたら、赤色のスイートピーは『赤いスイートピー』が発売された1982年当時では実在せず、実際には濃いピンクの品種だったが三重県のスイートピー生産者が曲をイメージした赤いスイートピーを咲かせたい、と約15年もの歳月を掛けて品種改良を重ねた結果、2002年にビビアンレッドと呼ばれる赤いスイートピーが誕生したそう。
すごい情熱だね。
因みにこの曲、歌い出しの”春色の汽車に乗って~“、の“は”が、コンマ何秒か速く歌い出している。
カウントしながらよく聴くと判ります。
でも何故NGテイクにならなかったのかなぁ、と聴く度に思う。
前述のアナログレコーディング時代だったから、一部分だけの修正も簡単でなかっただろうから、全体の仕上がりが良かったこのテイクを採用したのでしょう。
でもこの少し走ってるのがなんだか初々しさが出ていて悪くないと自分は思ってます。
多分松田聖子本人もいまでは再現は出来ないでしょう。
長くなりましたが、暖かな春、皆さんはどんな曲が聴こえていますか(*^^*)
よい週末となりますように(^O^)/
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コートなしで出勤。
週末も最高気温が20℃越えだとか。
春ももうすぐ。
春に聴きたい曲、または聴くと春を思い出す曲がたくさんあるけど、やはり自分は『赤いスイートピー』が断トツでナンバー1。
この曲を聴いて思い出す風景は名古屋の実家近くの緑地公園。
当時確か小学生5年か6年で、仲の良かった男友達とローラースケートをしに行った春の日を思い出す。別に初恋だとかそんなロマンチックなものではなく、また、ラジカセ持参でローラースケートをしながらこの曲を聴いてたとかでもないが、当時ヒット中だったのだろう。なぜだかあの緑地公園での風景を鮮明に思い出す。
話しを『赤いスイートピー』に戻そう。
この曲は1982年リリースの松田聖子8枚目のシングル。
それまで男性ファンが中心殆だったところ、赤いスイートピーをきっかけに女性ファンが増えたのだそう。
儚い恋心を見事に描かれたこの曲を聴けば確かに女性に支持されるのは充分理解出来る。
作詞 松本隆、作曲はユーミンがペンネーム呉田軽穂で書いたもの。
松田聖子の歌声、歌詞のストーリー、楽曲が見事に合致している名曲中の名曲。松田聖子の曲でいちばん好きな曲だ。
仮に自分の葬式のBGMを選曲するならば間違いなく選ぶ曲でもある。
当時の歌謡曲のシングルリリースサイクルは季節が変わるより早いと言われていたほどで、恐らく録音までに歌い込む時間的余裕は殆どなく、新曲を渡されて即レコーディングするくらいのペースだったはず。
某国営放送のSONGSで本人も当時の多忙ぶりを振り返って話していた。
いまでこそデジタルレコーディングが主流だが1980年代前半にはアナログレコーディングだったはずだから、いまでは殆どのアーティストがやっているピッチ調整なんてものは無く、ヘタな歌手は歌手になれなかった時代だ。
そこへきて松田聖子の歌唱力はやはり抜群だと思う。
一流の作曲陣から次々と提供される曲を自分のモノにして見事に歌い上げる力は単なるアイドルではない。ルックスやファッションだけでは築くことの出来ない類稀なアーティストだと思う。
少し話しが逸れました(^^;;
この曲の事をネットで調べてみたら、赤色のスイートピーは『赤いスイートピー』が発売された1982年当時では実在せず、実際には濃いピンクの品種だったが三重県のスイートピー生産者が曲をイメージした赤いスイートピーを咲かせたい、と約15年もの歳月を掛けて品種改良を重ねた結果、2002年にビビアンレッドと呼ばれる赤いスイートピーが誕生したそう。
すごい情熱だね。
因みにこの曲、歌い出しの”春色の汽車に乗って~“、の“は”が、コンマ何秒か速く歌い出している。
カウントしながらよく聴くと判ります。
でも何故NGテイクにならなかったのかなぁ、と聴く度に思う。
前述のアナログレコーディング時代だったから、一部分だけの修正も簡単でなかっただろうから、全体の仕上がりが良かったこのテイクを採用したのでしょう。
でもこの少し走ってるのがなんだか初々しさが出ていて悪くないと自分は思ってます。
多分松田聖子本人もいまでは再現は出来ないでしょう。
長くなりましたが、暖かな春、皆さんはどんな曲が聴こえていますか(*^^*)
よい週末となりますように(^O^)/
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もう完治したが風邪ひいていた風邪は咳が酷くかなり咳き込んでいた。
そのせいで肋骨の筋肉が筋肉痛となり、その後のクシャミなどで肋骨周辺が痛んでいた。
ところが先週金曜日の飲みのあと、小雨に濡れた階段踊場で転倒…身のこなしがよかったから(?)怪我するほどのものではなかったが、手をついたときに痛めていた肋骨に力が加わり、いまかなりの痛みがある。
痛み具合から骨折はしてないと思うがヒビは入ってるように感じる。
現にクシャミには激痛が走り、布団の寝起きには苦労し腫れも確認できる。
ネットで調べたら肋骨は固定のしようが無いから骨折やヒビを治すには湿布等を貼り、安静に放置する事しかないようで…
一回病院には行こうと思うがレントゲンではヒビの箇所を探すのはかなり難しいらしく、様子見しましょうと高い診察料を払って半日潰れる結果が予想がつくし。
しかしライブやゴルフが控えている3月、このまま無事に乗り切れるだろうか…
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そのせいで肋骨の筋肉が筋肉痛となり、その後のクシャミなどで肋骨周辺が痛んでいた。
ところが先週金曜日の飲みのあと、小雨に濡れた階段踊場で転倒…身のこなしがよかったから(?)怪我するほどのものではなかったが、手をついたときに痛めていた肋骨に力が加わり、いまかなりの痛みがある。
痛み具合から骨折はしてないと思うがヒビは入ってるように感じる。
現にクシャミには激痛が走り、布団の寝起きには苦労し腫れも確認できる。
ネットで調べたら肋骨は固定のしようが無いから骨折やヒビを治すには湿布等を貼り、安静に放置する事しかないようで…
一回病院には行こうと思うがレントゲンではヒビの箇所を探すのはかなり難しいらしく、様子見しましょうと高い診察料を払って半日潰れる結果が予想がつくし。
しかしライブやゴルフが控えている3月、このまま無事に乗り切れるだろうか…
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東京マラソン2013は今週日曜日に開催される。
第一回目の2007年大会には嫁さんが10kmの部に当選しながらも当日の極寒(小雨2℃)に出走を見合わせ沿道で他の参加者の応援をした。
東京マラソンは年々市民ランナーの間で人気が上がり抽選の倍率も第一回目は3.1倍だったものが今年は8.1倍にまで膨らんだようだ。
市民ランナーも増えに増えいつも誰かが都内をエクササイズとして走っているのを見かけるが先月辺りから東京マラソンの出走者なのかランナーが増えた。
東京マラソンには数年前からは一口10万円のチャリティー枠も設けられている。
この大会はもはや一大イベント化したモノとなりタレントやアナウンサーが多数出ていたり、そもそもコースが東京の名所を巡っている点でもお祭りマラソンになっていると感じる。
ホノルルマラソン、ボストンマラソン、ニューヨークマラソンに倣って市民参加型を東京都が考案したものだから仕方がないのだが。
ゴールしたらプロポーズだとか親のため、子どものために走るだとか、達成感が欲しいとかは好きにやっていただいて。
今日現在自分はマラソンには全く興味が無く一連の諸々を静観している。
お祭りと同じで見てても楽しくなくて参加しないと楽しめない事は重々わかっているけど、いまのところ走る愉しみは全く無いので、オリンピックや箱根駅伝などのメジャー大会をテレビ観戦するのがせいぜい。
しかし、この手の公道を使ったマラソンのマズイのは日曜日に広範囲に交通規制するから交通麻痺が発生し、部外者にとっては迷惑でしかない。数時間とはいえ幹線道路が不通になると渋滞の範囲は分刻みに広がる。
仕方の無い事として向き合うしかないかな。
自分の場合はこの日曜日はバンド練習をしに千代田区まで出向き、夕方だから影響は無いと思うが平穏無事無事を祈りたい(^-^)/
iPhoneからの投稿
第一回目の2007年大会には嫁さんが10kmの部に当選しながらも当日の極寒(小雨2℃)に出走を見合わせ沿道で他の参加者の応援をした。
東京マラソンは年々市民ランナーの間で人気が上がり抽選の倍率も第一回目は3.1倍だったものが今年は8.1倍にまで膨らんだようだ。
市民ランナーも増えに増えいつも誰かが都内をエクササイズとして走っているのを見かけるが先月辺りから東京マラソンの出走者なのかランナーが増えた。
東京マラソンには数年前からは一口10万円のチャリティー枠も設けられている。
この大会はもはや一大イベント化したモノとなりタレントやアナウンサーが多数出ていたり、そもそもコースが東京の名所を巡っている点でもお祭りマラソンになっていると感じる。
ホノルルマラソン、ボストンマラソン、ニューヨークマラソンに倣って市民参加型を東京都が考案したものだから仕方がないのだが。
ゴールしたらプロポーズだとか親のため、子どものために走るだとか、達成感が欲しいとかは好きにやっていただいて。
今日現在自分はマラソンには全く興味が無く一連の諸々を静観している。
お祭りと同じで見てても楽しくなくて参加しないと楽しめない事は重々わかっているけど、いまのところ走る愉しみは全く無いので、オリンピックや箱根駅伝などのメジャー大会をテレビ観戦するのがせいぜい。
しかし、この手の公道を使ったマラソンのマズイのは日曜日に広範囲に交通規制するから交通麻痺が発生し、部外者にとっては迷惑でしかない。数時間とはいえ幹線道路が不通になると渋滞の範囲は分刻みに広がる。
仕方の無い事として向き合うしかないかな。
自分の場合はこの日曜日はバンド練習をしに千代田区まで出向き、夕方だから影響は無いと思うが平穏無事無事を祈りたい(^-^)/
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