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韓国旅行記

歴史、文学、伝承、民話、美術、飲食などを絡ませながら旅します。


 2016.10.21

仁川チャイナタウンに韓国近代文学館が
あります。

ここに行くと韓国の現代文学について中学、高校卒業程度の知識が得られるということで行ってみました。



朝鮮開国期から分断まで約60年にわたる韓国近代文学史の流れを展示しています。

最寄りの仁川(インチョン)駅から徒歩で約7分の位置にあります。


韓国の文明開化が始まった19世紀末から日本の植民地支配を経て、朝鮮半島が分断に至るまでの約60年間。

西洋文明が流入し大きく変化していく社会の様子、独立を奪われ他国に支配される悲哀、戦時ファシズムの暗黒や植民地解放の感激などを克明に文章に残した数多くの文人がいました。

そうした韓国近代文学作家といわれる文人たちの作品原本や復刻本などが収集・展示されています。

韓国近代文学館も旧日本人街に建てられた赤レンガの倉庫を改装してつくられました。


数多くの作家が展示されていますが、
その中から数人ピックアップしてみます。

先ずは、
仁川のチャイナタウンに外せないのは
呉貞姫作家の小説『中国人町』
でしょうか。


この小説は、主人公の「僕」を通して当時の貧しい暮らしと一人の少女の成長を描いた作品です。

実際にチャイナタウンが背景となって小説が進んでいくため、本を読んでから行くと、小説の中の場所を探す楽しみがあります。

小説の中に「清日租界地」階段と「自由公園」に行く場面が描写されていますが、「清日租界地」階段は昔日本と中国が韓国に線を引いて分けて管理した基準点となった場所で、韓国の悲しい歴史がこもった場所です。



小説の一部から抜粋してみます。

日が沈みかけていたので、僕らは公園に行くことにした。
いつもなら…パンパンのスカートを覗き見て…
素足ばかりだとため息を漏らしたり…
娼婦の話をひたすらしたはずなのに、黙って
空の果てまで続くかのような階段を一段ずつ上った。.

- 呉貞姫 <中国人町> より -


次に玄徳作家の小説『ナムセンイ』

小説『ナムセンイ』は1930年代後半に仁川港近くの貧民村に引っ越してきたノマ一家を主人公に描かれています。

開港以後の港湾施設拡張の中で、埠頭荷役労働地と仁川周辺の風景などを詳細に描いています。

当時の庶民の過酷な労働や
様々な人生模様が描かれた小説です。

真っ黒な貨物列車がひとしきり通り過ぎ、前が明るくなると、向かい側一帯はぜんぶ米俵の山になった。
馬車や牛車が次々と出てくる。米俵の間の道を左に曲がると海、第2桟橋から第3桟橋には、大小の木舟がぎっしりと並んでいた。

- 小説 『ナムセンイ』 より -



ナムセンイとはクサ亀の事です。

港湾労働者として過酷な労働をしてきた父が身体を壊し、貧しさから自分の妻も売らざるを得ない中、死ぬまでの束の間、ナムセンイが父の慰めになったのです。


あと、有名な詩人を見てみます。

本当の近代詩らしい詩としては1918年の
朱耀翰(チュ・ヨハン/1900~79)
「プルノリ」が有名です。

そのまま日本語にすると“火祭り”ですが、ここではお釈迦様の誕生日である旧暦4月8日の“ちょうちん祭り”を指します。

形式は散文詩ですが、大同江での華やかな祭りの風景と詩人の孤独な心境を重ね合わせて歌っています。


朝鮮の近代詩と言えば
金素月(キム・ソウォル/1902~34)です。

少なくとも韓国ではこれまで圧倒的な知名度と人気を持っていて、いろいろな種類の詩集がたくさん出ています。また人気があるだけでなく、さまざまな形で一番多く研究されています。

金素月の詩はとてもリズミカルで、その中に情緒が込められているというのが特色のようです。

その特色がよく表れているのが
「つつじの花」(初出1922、1925)と「招魂」(1925)で、ともに彼の代表作です。

この2つの詩には“恨(ハン)”と言われている朝鮮でよく話題になる心情が込められていると言われています。

↓ツツジの花



金素月と共に日本でも有名で現在韓国でもよく知られているのは、
韓龍雲(ハン・ヨンウン/1879~1944)です。

1926年に出された彼の唯一の詩集
『あなたの沈黙』は、
金素月の『つつじの花』と並んで挙げられる代表的な詩集です。


彼の著作は多いのですが、もともとお坊さんということで仏教を通した言論、教育活動をしました。

↓あなたの沈黙



紹介しきれませんが、これぐらいにして、文学館を出て自由公園に行ってみます。

続く〜