帰つてゆく夜道の背中のひとすぢを同じやうに還つてゆく蝉


フルートのラヴェル聴きつつ夜は明けて坂の向かうぞいま鳥飛び立つ


片眼開けて川流れてゆく平原に最初に小屋を建てた、そのひと


家系辿れば誰しもそのひとに到(つ)くんだと、真つ暗坂の兵庫といふひと


ブルネグロに兵庫といふ名珍しく出自を巡りて神話生まれぬ


神さまよりも先に駆けて来たるらし湾口の岩にくつきり足跡


さりさりと音鳴り続くその森にフランスパンの香りは満ちて


アスフィータの五歳に流せし赤の小舟ゆつくり湾口より奥に流れ来(く)


ピアノ弾くオラトリオ奏者の背の向かう陽を浴びてじつと馬は佇ちをり


真つ暗坂の兵庫の研ぎたる猫舌を〈匙〉として男爵家の三百年