ある記事を読んでいて、この記事を書いた記者はいったいどんな方なのだろうと興味を引かれるときがあります。そう思うのは大概、その書かれた文章のなかに目に見えない温かさを感じるときです。


《ホームレス歌人さん返信「連絡とる勇気、ありません」》
(朝日新聞記事2009年3月9日3時0分)


ホームレス歌人の記事を他人(ひと)事(ごと)のやうに読めども涙零(こぼ)しぬ

 本日付の朝日歌壇欄に永田和宏・佐佐木幸綱両氏が選んで掲載された自称ホームレス・公田耕一さんの作品だ。住所がないために投稿謝礼も応援の声も届けることができない無念を託し連絡を求めた朝日新聞2月16日付朝刊(一部地域を除く)の記事を、公田さんは読んでくれていた。
 この歌を記した投稿のはがきには、きちょうめんさがうかがえる丁寧な字で添え書きがあった。「皆様の御厚意本当に、ありがたく思います。が、連絡をとる勇気は、今の私には、ありません。誠に、すみません。(寿町は、東京の山谷・大阪の釜ケ崎と並ぶ、ドヤ街です。)」
 公田さんは、横浜市中区寿町辺りにいることをあかしている。だが、「強引に捜すべきではない」というのが選者や他の投稿者らの意見だ。今も週1、2回のペースで投稿があり、片道ではあるが朝日歌壇との回路はつながっている。いつか“勇気”がわく日を待とう、という考えだ。
 しかし気になることがある。

胸を病み医療保護受けドヤ街の柩(ひつぎ)のやうな一室に居る

 やはり本日付で高野公彦氏が選んだ一首から、健康を損なった様子が見える。
 選外だが

我が上は語らぬ汝の上訊(き)かぬ梅の香に充つ夜の公園

 という歌がある。詮索(せんさく)を嫌う人柄の表れだろう。だが、再び公田さんに呼びかけたい。「柩のやうな一室」をシェルターだと思って、健康を取り戻してほしい。
 入選を重ね、朝日歌壇あての応援歌は増えるばかりだ。ある人は公田さんの名を探すことが月曜朝の日課になった自分を詠み、ある人は奈落の底から発信される生の歌の迫る力にうたれ、脱帽するとうたう。どの作品にも誇りを捨てず歌を携え生き抜いて、との願いがこもっている。(河合真帆記者)


http://www.asahi.com/national/update/0308/TKY200903080109.html


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furogawaさんの日記
http://d.hatena.ne.jp/furogawa/20081025


《2008-10-25 もっとおもしろいぞ》

 文庫が見つからないので、ブックオフで河出書房新社『世界文学全集10 ゴーゴリ』を105円で買って「鼻」(横田瑞穂訳)を読んだあと、意外なところでこの作品名を目にした。書店でもらった『岩波書店 読書のすすめ 第12集』にある、河合真帆さんという朝日新聞記者の「モットオモシロイゾ」。高校生だった筆者が、膨大な蔵書をもつ父に「今、何読んでる?」と聞かれ、チェホフと答えると、「ゴーゴリはもっと面白いぞ」。読書について方向指示めいたことをいわない父の言葉だ。そこで筆者は『外套・鼻』をひっぱりだすが、「どこがおもしろい?」。が、解説を読んでみて、「読みが浅かった」ことを知る…。確かに。
 ところで横田瑞穂の訳文はちょっと読みにくい。河合さんが読んだのは平井肇訳とある。岩波文庫だろうか。


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《さわやかオマージュ 宮迫千鶴さん遺稿集》
(朝日新聞記事2009年1月24日)


 画家で評論家、エッセイストとしても知られた宮迫千鶴さん(1947~08)の遺稿集『楽園の歳月』(清流出版)が出た。単行本未収録の文章を柱に、没後発見された童話を含む35編からなる全139ページ。色鮮やかなイラストや写真をちりばめ、絵で、言葉で森羅万象に宿る生命の賛歌をうたって逝ったアーティストにささげるさわやかなオマージュとなっている。
 東京から静岡・伊豆高原に居を移して20年。宮迫さんの絵は次第に変わっていった。都会的な鋭いタッチから、自然をモチーフにした明るい画風に。豊かな色づかいが特徴だった。文章は、評論調から柔らかな筆致へ。木立に囲まれた暮らしのなかで感じ考えたこもごもを記す方向に転じ、幅広い読者を獲得した。
 「生きる」ことの不思議を全身で受け止めていた宮迫さんに病魔が不意打ちをかけたのは昨年3月。腹部に悪性リンパ腫が見つかった。入院、手術。退院。再発、急激な悪化。3カ月後の6月19日、宮迫さんは60年の生涯を終えた。
 本書は早すぎた晩年ともいえる94~08年の文章を6章にわけて収める。たとえば08年8月に雑誌掲載の絶筆「どこにもない家に私の心は帰っていく」。旧軍港呉を見下ろす高台にあったという、幼少時を過ごした家の記憶をたどる一文だ。
 あるいは闘病中、友人にあてたメール。「これから治療の日々が始まる。だが、さして憂鬱(ゆううつ)でもない。いつ人生が終わってもいいように生きて、人生の細部を楽しんで(略)そのことが最高の幸福であるように過ごそうと思う」。日付は、4月24日。
 長編ファンタジーを構想していたという。引き出しにしまわれていた、習作と思われる3編。「流れ星の音楽」「月夜のサーカス」「太陽のレストラン」である。
 文章の選択や本のデザインのアイデア、表題の命名などはいずれも夫の画家・谷川晃一さん(70)による。
 「宮迫は『死後の世界は絶対にある』といっていた。そのせいだろうか、彼女の不在を即(すなわ)ち無、とは思えないのです。だから、寂しくない」と谷川さんは話す。(河合真帆記者)


楽園の歳月―宮迫千鶴遺稿集
著者:宮迫 千鶴
出版社:清流出版
価格:¥ 2,940


http://book.asahi.com/clip/TKY200901240120.html