(今朝、お城の隣りにある「王立芸術の家」(通称・アトリエ)8階89401号室から物凄い連続くしゃみが辺り一帯に響き渡った。お城の八階の部屋で休んでいた爺やは、凄まじい物音にびっくりして跳ね起き、抱えていた携帯無線機を思わず取り落としそうになった。この「アトリエ」8階は通称「文豪のフロア」と呼ばれ、89401号室の住人はかのドイツの文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテであった。毎春、ゲーテは重症の花粉症に苦しめられていた。「ゲーテさんの部屋から毎朝ゴミとして出てくる鼻紙くずの量は半端ではないです。びっくりするくらいです。昨日なんかも王国指定標準透明ゴミ袋で優に二十袋はあったかもしれない」と八階担当清掃係員は語っている。その隣り、89402号室は日本の小説家・梶井基次郎の住まいであった。先日、姫様から王国橋袂の千疋屋の檸檬とマンゴーの買い物を頼まれた爺やは、店からの帰り、お城の前の公園で談笑している梶井とマスク姿のゲーテのふたりを見つけ、思わず檸檬色のサインペンを差し出してサインを求めてしまった)


手提げ鞄おもてに檸檬色のサインあり 基次郎とゲーテ、爺やの名前と