アベノミクスとは
三本の矢[1]からなる経済政策である。目的はデフレ脱却(+円高是正[2])(+企業利益増幅?)による日本経済の再生。
[1]安倍首相は山口県選出の政治家であり、「三本の矢」とは、中国地方を代表する武将・毛利元就の言葉をもとにしていると思われる。
[2] 安倍首相も日銀も、円高是正(円安への誘導)を公言してはいない。円相場を安くするということを目標にすると言えば諸外国から批判が出る恐れがあるため。だから公式見解としては、あくまで政策の「結果」として円安になった、ということになる。
●第一の矢⇒大胆な金融政策 マネタリズムに依拠
●第二の矢⇒機動的な財政政策 ケインズ経済学に依拠
●第三の矢⇒民間投資を引き出す成長戦略 サプライサイド経済学、新自由主義経済学に依拠
第一の矢:大胆な金融政策(金融緩和)とは
要するにミニバブルを起こすということ。市場が期待している以上の大胆な金融緩和(中央銀行が、金融機関が持っている発行済みの国債を大量に買い上げること)を行ってミニバブルを起こす。
経済学的にはマネタリズム(貨幣数量説)の主張を受けての政策。日本経済の長期停滞は、お金不足によるものだと理解した上での政策ということになる。
「期待している以上」の意味
白川方明総裁時代→消費者物価が1%上昇するまで金融緩和を続けます
⇒投資家「長くは続かない」と慎重姿勢
黒田東彦総裁時代→消費者物価が2%[3]上昇するまで金融緩和を続けます
⇒投資家「なるほど、すぐに金融緩和が止まることはないのか。このまま円安が続くのであれば、株価も上がるだろう。これは投資のチャンスだ」
量・質ともに次元の違う金融緩和。
[3] 数字も違うが、白川時代は「目途」という曖昧な表現だった。黒田はそれを、明確に「目標」とした点でも異なる(浜田宏一)。
日銀から民間(金融機関)に供給する資金の総量(マネタリーベース)を年間60~70兆円のペースで増加させていく。(また、その手段として、購入する国債の平均残存期間(満期までの期間)を、それまでの3年弱から7年程度に延長)
<超基本的なシステムの流れ>
国債を買い上げれば、その分中央銀行(日銀)はお札発行
↓
民間金融機関の保有する現金が増える
↓
金融機関同士でお金の貸し借りをしているコール市場の貸出金利が低下
↓
金利が下がったので、銀行からオカネを借りやすくなり、設備投資や消費が増加する
また、為替の観点から見るとドルの量は変わっていないのに、円の量が増えるので円安になる。
↓
輸出産業の利益がアップし、輸出産業の株価もアップする。
※第一の矢を実際に放っている(担い手)のは、安倍内閣ではなく日銀。ただ、(日銀法改正などで)安倍さんの意向が多分に反映されてはいる。
第二の矢:機動的な財政政策[4]とは
公共事業をドンと増やしましょうということ。それまで抑制されてきた公共事業費をアップする。建設業者や地方経済に対する援護射撃。
この政策を支える経済学はケインズ経済学。日本経済の長期停滞は需要不足によるものだと理解した上での政策ということになる。
[4] 「財政政策」というと、所得再分配政策=社会保障政策も含むはずだが、こちらは削減する一方。第二の矢で念頭にあるのは、財政政策の中のひとつとしての公共事業費拡大。だから正確には「公共事業拡大政策」である。
(批判・懸念としては)
・環境破壊の問題。大型港湾建設や自動車道の建設、ダム建設など、人々の生活環境や自然環境を破壊する事業が多くある。
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第一の矢と第二の矢は、いわばカンフル剤。デフレ不況の日本経済に対するショック療法である。問題は中長期的な施策の第三の矢(成長戦略)であり、これが最も重要といえる。
で、まず、第一の矢と第二の矢の効果が出てきているが、それはいい効果だったのだろうか?また、これからに期待できるのだろうか[5]?
[5] 第三の矢でもそうだが、アベノミクスは企業・富裕層に優しい政策が多い。まず金持ちが儲かれば、いずれその経済効果が下の方にしたたり落ちていき、国民経済が成長する、というトリクルダウンの考え方が根強いと見ることができる。しかし、
「トリクルダウン的政策が先行して行われたアメリカでは、富裕層や大企業の税金が減免され、結果的に所得上位1%の層が総世帯所得に占める割合は過去最大に達し、19.9%におよびました。トリクルダウンなど、まったく発生せず、富裕層減税や法人税減税は、格差拡大をもたらしただけでした。」(経済評論家・三橋貴明)
第三の矢:民間投資を引き出す成長戦略とは
規制緩和政策、税制政策、金融財政政策などの政策を総動員して、民間企業の投資を増大させる。
日本経済の長期停滞の背景には、企業の投資の弱さがあると理解しての政策ということになる(→企業の投資環境を改善して投資を増大させれば問題は解決に向かうという発想)。
こうした政策を主張する経済学はサプライサイド経済学。一方、企業の投資環境を改善する方法として規制緩和が最も大切だという内容に注目すると、それは新自由主義[6]の主張を受けたものである。
[6] 自由市場や自由貿易を促進し、企業活動の自由を最大限保障することで「人類の富と福利が最も増大する」と主張するのが新自由主義の理念である。
「今年生まれた経済の好循環を一時的なもので終わらせるわけにはいきません。引き続き、この好循環を力強く回転させることで、全国の中小・小規模の皆さんが元気になる。そして、景気回復の実感を必ずや全国津々浦々にまでお届けする。これこそがアベノミクスの使命であると考えます。」 By安倍首相 2014/6/24
成長戦略は、次の4つの視点をベースにしているという。
●投資の促進
大胆な規制・制度改革、思い切った投資減税等を行い、企業の投資を促し民間活力を最大限引き出す。
(例)
法人税減税、国家戦略特区、規制の適用範囲が曖昧な分野(グレーゾーン)解消制度、コンセッション方式[7]など
[7] 民間事業者による公共施設の自由な運営を認める仕組み。公共施設について、所有と運営を一体化させてきたこれまでの方法を改める。
●人材の活躍強化
女性・若者・高齢者等、それぞれの人材がさらに活躍できる環境づくり。
(例)
女性の活躍、英語教育の超早期化・強化、グローバル化、外国人材の活用など
●新たな市場の創出
少子高齢化等の世界共通の課題にいち早く取り組む中で、新たな市場を創出し、「課題解決先進国」へ。
(例)
電力市場完全自由化、高効率な火力発電を積極導入、原則全ての一般用医薬品のインターネット販売可能、混合診療、企業の農業参入要件緩和、農協改革など
●世界経済とのさらなる統合
日本企業の世界進出や、日本への直接投資のさらなる拡大。
(例)
ビザ要件の免除・緩和、外国人旅行者への消費税免税(免税店を増やす)、TPPなど
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第三の矢の雇用規制改革に特に注目している。
●労働者派遣改定法案
安倍首相:「今回の改正は規制緩和ではなく、派遣労働者のキャリアアップを支援し、派遣労働者の雇用の安定をはかるものであります」と答弁。
→派遣会社には体系的な教育訓練と相談の機会確保・援助を義務づけている。しかし実効性を担保する仕組みは乏しい。
政令26業務とそれ以外の区別の廃止の他、期間制限も変わる。
①派遣元で無期雇用されている労働者や60歳以上の労働者等については期間の制限をしない。
②派遣元で有期雇用されている労働者については、一応期間制限(しかし大きな抜け穴)。
派遣労働者個人については、同一の組織単位(部や課)で働ける期間は3年を限度。⇒部や課を変えれば事実上制限なしに使用できる。
事業所全体としては、有期雇用労働派遣の利用期間は、人を代えても一応3年とされるが、派遣先の労働者過半数代表の意見を聴取すれば、3年毎に延長が可能。
●新しい労働時間制度
本年春、産業競争力会議が「新しい労働時間制度」の導入を提案した(長谷川提案・長谷川ペーパー)。
これは2006年に葬られたホワイトカラーエグゼンプション(WE[9])と基本的に同一である。
この新制度は、労働時間と報酬のリンクを切り離し、実際に働いた時間と関係なく成果に応じた賃金のみを支払う。対象労働者には法定労働時間を超過する労働(残業)と賃金との関係を切断し、法定労働時間規制の適用を全面的に排除する内容。
本質は残業代不払い。付随的な問題として過労死が増大する危険性がある。
(残業代不払いを正面から認める制度であり、それは結局長時間労働をもたらし、過労死を促進することに繋がる)
時間外労働には残業代が払われる。このひとつの理由として、労働者の心身の健康を守るという目的がある。なぜそれが一定の年収を稼いでいることでなくなるのか、理解できない(私見)。
[9] WEは、労働時間や休日に関する労働法の規制を適用除外にする制度です。既に同様の制度として裁量労働制が定められていますが、これには業種や適用条件などで比較的厳しい規制が存在しています。それをホワイトカラー一般に広げようとするのがWEです。(POSSE Vol.20)
●金銭解決制度
解雇が裁判所で無効と判断された場合でも、労働者もしくは使用者の申し立てによって裁判所が認めると、一定の金銭の支払いとともに、労働者を退職させることを認める。
●限定正社員(=ジョブ型正社員)制度
ジョブ型正社員=職務、勤務地、労働時間いずれかが限定される正社員(13年規制改革会議)
これが拡大すると、労働者に大きく3層構造ができることになる(三層化)。
正規1(エリート・幹部候補)
正規2(限定正社員)
非正規
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<参照物>
『増補 池上彰の政治の学校』池上彰2013
首相官邸ウェブサイト
『アベノミクスとTPPが創る日本』浜田宏一2013
新聞記事いろいろ(しんぶん赤旗、毎日新聞)
西谷敏大阪市大教授のレジュメ
季刊労働者の権利